「黒田が、不穏な動きをしている。お前と理恵子さんの結婚は、一日演じるだけの予定のものだったが、今になって状況は急激に変わってきてるんだ」
父の目を睨むように見る。父は、無表情なまま話を続けた。
「……俺の言いたいことは分かるな?どうか、この状況を救ってもらいたい。拓哉と、理恵子さんに」
分かっていた。こうなることをすべて。
そのために、再び芹香を突き放したのだ。
彼女が俺を求めて手を伸ばしてくるだなんて、願ってもない話だった。ずっと探して、諦めきれなかった、可愛くて大切な芹香。
君のためならば、どんなことでもするつもりでいる。
たとえそれが、二度と君をこの胸に抱けなくなることだとしても。
君と別れることが、君を世間の好奇の目から守ることとなるならば。
思わず『愛してる』と口走った俺を、嘘つきだと言って制してくれた。
その目に涙をいっぱい溜めて。
君は俺がいなくても、きっとまた、誰かに愛される。
俺じゃない、別の誰かに。
まずい。考えすぎて頭が痛い。吐き気さえしそうだ。
どうしても冷静になれない自分が、もどかしい。
それをぐっとこらえ、顔を上げた。
「分かってるよ、父さん。後継者として、やらなくてはいけないことを」
苦しい胸の内を悟られないよう、三人に笑顔を向ける。
心の中で必死に求めているものは、もう俺の手には入らない。
君との再会は、奇跡でも運命でもなかった。
待ち受けていたのは、ただの別れしかなかったのだ。