彼女は大きな目をさらに大きく見開き、黙り込む。

「あのときまでは、見せかけの婚約だと本気で思っていたんだ。俺自身が一番驚いた。……信じるかは芹香次第だけどね」

彼女の震える唇が、なにかを言おうとしているようだがそれは言葉にならない。

「会社のために、理恵子との婚約を解消できないということは分かってる。……だけど、どうしてもダメだ。君が消えない。……愛してるから」

「あ……あなたはそうやって、私を惑わす。いつも……私を苦しめる。いっそ、冷たくしてくれたらいいのに。思いきりひどい人になってくれたら」

潤み出した目が、俺を睨む。
恨んでくれて構わない。
そうなってでも、君の記憶に残りたい。

「佐伯課長に君を連れ去られたとき……気がおかしくなりそうだった。どうしたらいいのか、俺にも分からないんだ……」

このまま離れてしまえば、いつか消えてなくなるのだろうか。
君を求めずに過ごせる日が、やがて訪れるだろうか。

そっと手を伸ばし、彼女の頬に触れる。

愛しさが一気に心を満たし、俺の目に涙が浮かんでくる。
霞む視界の中、芹香を見つめた。