彼女の質問には答えずに、歩き出す。
そんな俺のあとを、躊躇いがちについてくる足音。
確かに、理恵子と会ったときからまともな話はしていない。言い訳もフォローもしないままに放置していた。
今日まで、傷ついた心に芹香がどう向き合ってきたのかは分からない。
だけど俺も、君のことで頭がいっぱいで、どうしたらいいかを考え続けていた。
すぐにでも駆け出し、君を再び取り戻す衝動を必死で抑えていた。
佐伯課長の存在が、君を今の状態まで落ち着かせたとしたら、本当は安心しなければならないのだろう。
だけど俺の心は、それを認めたくないと強く反発している。
君を笑わせるのも、泣かせるのも、怒らせるのも、俺であってほしい。
ずっと願って欲しがって、求めてきたものが目の前にある。
どうやって抑えたらよいのか、分からないままに、自分の感情を持て余す。
小会議室に入ると、芹香を振り返った。
俺を見つめ返すその目に、不安の色が広がっている。
「……理恵子のこと。君はどう思った?あっさりと身を引くつもりになったのか?……婚約者がいても構わないと、あの日俺に訴えてきたのに」