握りしめた拳に爪が食いこんで痛む。
震える手を押さえ込むのに必死になる。

ふたりの後ろ姿を、なにもできずに睨むように見つめた。

「くそ……っ」

芹香が、遊んでいい女だと思ったことなどない。
いつだって本気で、彼女のことだけを考えてきた。

今さら佐伯課長とよりを戻すだと?
平気で二股をかけるような男と?
何がどうなって、そんな話になったのか、皆目見当もつかない。

小さくなっていくふたりを目で追いながら考える。

今すぐに、彼女の肩に置かれた彼の手を振り払い、芹香を連れ去りたい。
彼女に触れるな。

嫉妬と憎悪で、胸がジリジリと焼けそうになる。

「あ、星野主任。ちょうどよかった。今から行こうと思ってたんですよ。月間報告の数字がですね……」

声をかけながら近づいてくる人のほうを向く。
同じ課の男性社員だ。

「え……っ。どうしたんですか。顔色が悪いですよ。体調不良ですか」

「え……」

俺の表情を見て、彼は驚く。


「いや……大丈夫だ」

「そ、そうですか。お疲れなんじゃないですかね」

「そうかな。残業が続いてるから。こき使われるのも、ほどほどにしないといけないな」

なんでもなかったように彼に笑いかけると、彼も若干安堵した顔になった。