理恵子を振り返る。
「あきらめられるなら、とっくにそうしてる!離してくれ」
「ダメ!冷静になって!まだ近くに黒田社長がいるかもしれないのよ?」
理恵子に言われ、走り出そうとしていた足を止めた。
「……芹香だけじゃない。俺だって……本当に……」
呟いたが、言葉にならない。
俺は額に手を当てて俯いた。
「拓哉。お願いだから、もう彼女を忘れて。黒田社長は、会社を手にしたら、幹部をすべて解雇すると言ってるの。あなたの気持ちがどうだとか、そんな次元の話じゃないわ」
理恵子の言葉が、耳を掠めては流れていく。
芹香への気持ちを、おそらく俺は捨てきれない。
だけど、このまま再び君を失うのか。
君の笑顔や、唇の感触。俺の記憶の奥底に根付いた君への想いは、再び行き先を無くしたなら、どうなってしまうのだろう。
そんなことを考えて、背筋がゾクッと震えた。
今すぐに君を捕まえて、強く抱きしめながら、俺には芹香しかいないのだと叫びたい。
何年も、忘れることなどなかったと。
髪を撫でて、その頬を両手で包み、その瞳に俺を映したい。
だけど今の俺は、なにか大きな塊に押しつぶされているかのように、一歩も動けないでいた。
自分の行動が、大勢の社員に影響を与えてしまうかもしれない。
心の中で色々な思いが渦巻き、泣きたいような気持ちになっていた。