「くそっ。今にひっくり返してやるからな」
黒田社長は悔しそうに言うと、踵を返し出口に向かった。
秘書は、俺たちに深々と頭を下げると、早足で黒田社長を追った。
俺は、なにがなんだか分からないままに立ちすくんでいた。
「私……あの。かっ、帰ります」
芹香が蚊の鳴くような声で言う。そんな彼女を見た。
「芹香。違う。今のは__」
俺が口を開こうとすると、理恵子が俺の腕を引っ張った。
「拓哉。違わないわ。もう、潮時なのよ。私たちは、結婚の話を進めるべきよ。ずっとあなたには言わないできたけど、黒田社長の不穏な動きはあったの。婚約破棄なんてしたら、会社は取られてしまうかもしれないわ」
理恵子に目線を移す。
彼女は真剣な表情で俺を見上げていた。
「私は構わないわ。そもそもあなたが好きなんだもの。再会してから、それをさらに実感したの」