「確かに、形ばかりとはいえ婚約解消はしてない。会社のために中途半端な状態でいる。だけど信じてほしい。必ず戻るから。理恵子と結婚することは、本当にないから」

震える指先で、彼の背を撫でる。
決意が揺らぎ、今にもガラガラと音を立てて崩れそうだ。

「信じても……いいの?昔みたいに、戻れるの?」

「ああ。理恵子と婚約したのは、会社を合併するときに、必要な芝居だった。彼女もそれはわかってるから」

「拓哉っ……」

絞るような声で訴える彼を、突き放すことなんてできはしない。
心の奥から溢れる、数年分の想い。
求めてやまなかった温もりが、私を包んでいる。

正しいのか間違っているのか、それはわからない。
ここにあるのは、ただあなたを愛しているという事実だけ。

「芹香が嫌だといっても離さない。やっとこうして触れることができたのに、今さら消えてなくなるなんて、考えられないよ」

彼を抱きしめ返す。
涙が溢れ、なにも言えずに、ただ彼にしがみついた。

彼を心から信じてやまなかったあの頃と同じ、彼からの熱い気持ちを感じる。

それは、このまま戻ってやり直すことは、不可能ではないのだと私に思わせるには充分な威力だった。