「はい、どうぞ。入って」

夕食を済ませ、拓哉のマンションにたどり着いた。
ドアを開けた彼が、私が部屋に足を踏み入れるのを待っている。

「そんなに警戒するなよ。いきなり襲ったりはしないよ」

動きを止めたままの私に、彼が言う。
その顔は、傷ついたような笑顔だ。

「ううん。そんなことを考えているわけじゃないの。ただ、理恵子さんが……」

食事をするまでなら、上司と部下の関係でもありえる。
だが、部屋に入るのはさすがにためらう。

「形ばかりの婚約だと言ったよね。理恵子もそう思ってる」

彼の、形のいい眉が下がる。

「理恵子を気にするなら、芹香が俺に告白した時点でもう踏み外してるから」