「安心したら、腹が減ってきたな。このままなんか食べに行く?」

言いながら身体を起こし、車のエンジンをかけ、眼鏡をかける。そんな拓哉をぼんやりと見つめた。

「芹香は少食だからね。相変わらず細いよな。たくさん食べないとダメだよ。昔からいつも、芹香が残したものを俺が食べてたよな」

嬉しそうに笑いながら昔話をする拓哉は、過去のわかだかまりを、今の瞬間で捨て去ったのだろうか。
今、頭の中に婚約者の顔は浮かばないのか。そんなことを考える。
佐伯さんも、梨元係長を想いながら私を抱こうとした。
拓哉も同じなの?

「社員名簿で芹香の名前を見つけたときは、本当に驚いたんだ。即座に異動を申し出たよ。その結果、こうしてまた会えたんだけど」

急に饒舌に話しだした拓哉が、ハンドルに腕を置き、その上に頭を乗せて私の顔を見た。黙り込んでいる私に気づいたようだ。

「芹香?どうしたの。なにも食べたくない?」

「ううん。……なんだか信じられなくて。気持ちが追いつかないの。拓哉とこうして一緒にいるだなんて。あなたと会うことは、もう二度とないと思っていたからかな。なかなか慣れそうにないわ」

そう言って無理に笑った私を、拓哉は真剣な顔でじっと見つめた。

「もう……これは運命だとしか思えないよな。奇跡に近い確率だと、俺も思ってる。俺だって本当はまだ、信じられないんだ」