「おっしゃっている意味がよくわかりません」

そう言い捨て目を逸らし、そのまま歩きだした俺に、黒田社長は言う。

「わかっているぞ。この婚約は茶番劇だ。君たちが婚約しているなんて、聞いたことがない。昔から懇意にしていた俺を騙せると思っているのか」

俺は振り返り、黒田社長を睨み返した。

「懇意にしていた父たちを裏切って会社を奪い、追い出そうとしたのはあなただ。吸収したあと、重役をすべて入れ替えると父に言ったそうですね。そのような目にあうのは、あなたのほうですよ」

俺の言葉に、彼は真っ赤になって歯軋りをした。

「小僧。お前には恋人がいるのだろう?このまま、その恋人の元へと戻るがいい。必ず尻尾を掴んでやる」

今、芹香に会いに行くのはまずいと思った。
きっと俺は、彼に監視されるだろう。

しばらくしてから会いに行けばいい。
彼女は大丈夫だ。きっと俺を待っている。

黒田社長に再び背を向けて、エレベーターへと戻る。

エレベーターのドアが閉まった瞬間、芹香に電話をかけた。
何度かコール音を聞いて彼女が出るのを待ったが、その声が俺の耳に届くことはなかった。

宴の部屋に戻り、席につく。

「今日はやっぱり最後までいるよ。黒田社長にそこで会ったから」

皆にそう言うと、俺は携帯をポケットにしまった。