「おや。拓哉くん。そんなに慌ててどこへ行くのかね」

エレベーターを降りてホテルのロビーを歩いていると、声をかけられた。
足を止めて振り返る。

「あ……」

そこにいたのは、先ほど強制的に連れ出された黒田社長だった。隣には、芹香とのやり取りを見つめていた黒縁眼鏡の秘書がいる。

「いえ。……別に」

言いながら、仕方がないと諦めて引き返す。

「待て。君は今、ここを出ていこうとしたんだろ?」

黒田社長はニヤニヤと笑いながら、俺を馬鹿にしたような目で見つめた。

「いえ。違います。外の風に当たりたかっただけですから。戻ります」

「苦しい言い訳をしなくてもいい。本当のことを話してくれたら、君を卒業と同時に会社の重役にしてもいいぞ」

笑うのをやめた黒田社長は、鋭い眼光で俺を睨んだ。