「あ、目があった」


きっかけは駅を改札を抜け、顔を前へ向けたときだった。

何故か人混みのなか、ぼうっと立ち止まっている男の人とふいに目が合う。思わず顔を背けてしまったけど、あれ、この人どこかで見たことある気がする。その人とすれ違ってから少し考えて一度振り向いてみる。

だけど、すでに彼の姿は見当たらなかった。結局誰だったのか思い出せないまま彼の存在は記憶の片隅へとしまわれた。


だけどその数日後。あたしがよく行く本屋さんで思いがけない再会を果たした。



「あ、」



ぱたぱたと欲しかった本を両手で抱えながらレジへ向かう。中身が楽しみすぎて思わずにやにや。そんな油断していたときに、彼の姿を発見したのだ。

いつも本にばかり気をとられて、店員さんの顔なんて見ていなかったから気づかなかった。

パーマをあてたふわりとした焦げ茶色の髪。なんというか、不思議と見入ってしまうぱっちりとした黒い瞳。


と。視線を感じとったのか思わず目が合ってしまい、とっさにまた視線を本に戻す。



…どんな人なんだろうか、多分大学生だよね。2年?3年?





「話してみたいなあ…」





名前も知らぬ人間にそんな感情をもったのは初めてだった。

だけど、多分。いや、絶対彼に話しかける勇気などない。へたれだ。あたしはへたれなのだ。客と店員。きっと彼にとってはただの常連客(いや、存在自体知らない)としか思われていないであろう。



この気持ちはあたしの中だけの、あたしだけの秘密なのだ。





――それから数日。意識し始めてから店内で彼の姿をよく見かけるようになった。元々欲しい本があると発売前日から通いつめるくせがあるあたし。

そのせいか、彼は水曜木曜金曜にバイトがあることがわかった。決してストーカーではない。うん、絶対。




「あ!今日は好きな作家さんの発売日だ!!」
「へえーあんた本当に本好きだね」
「まあ、まだ買うとは決めてないけど」
「ふーん」


(…今日もあの人いるのかなぁ?)




そして、今日もあたしは本屋へ足を運ぶ。

(それは、臆病な女の子の恋の物語)