「はじめて逢った時、俺、百合子に言ったよね?『付き合わない?』って。」
鼻歌でも歌い出しそうな陽気な口調で碧生くんは言った。

……あれは恭匡(やすまさ)さんと由未さんの結婚式の日。
初対面なのにやたらフレンドリーにアピールしてきて、その日のうちにそんなこと言われた。

「由未に言われたんだよね~。そもそも、アレがまずかった、って。軽すぎる、って。日本では誘う前にまず気持ちを伝えるって、知識としてはわかってたつもりなんだけど、あの時はすっかり忘れてたんだよね。」
碧生くんは頭をかいた。

「でもさ、初対面でいきなり『好き』とか『愛してる』って、おかしいだろ?だから順番として間違ってないと思うんだけどなあ……」

「……言いたいことはわかるけど、碧生くんのこと、何も知らないし、遠距離だし……。」
私がそう言うと、碧生くんはニッコリと笑った。

「うん。じゃ、今は?俺のこと、大体わかったよね?」
私は黙ってうなずいた。

「俺に振り回されて出かけるの、嫌じゃないんだよね?」
これにも、うなずく。
むしろ楽しいし……泉さんのことを悶々と考えなんくていいし……。

「俺が京都に住むの、楽しみ?」
そうね、まだ先の話だと淋しく思うのは、待ち遠しいからなのだろう。

少しの間があいたので、私がうなずくのを見て、碧生くんはホッとした。

「東京で、俺が他の女の子とも仲良くしてるかどうか、気になる?」
うっ……
じわりと涙が浮かんだ。

「ごめんね。」
そう言って碧生くんは微笑んだ。
「俺、夕べも今も、百合子の葛藤はわかるんだけど、うれしくて。百合子は自分をワガママのように感じてるのかもしれないけど、それ、違うから。俺は百合子にどんなに変なこと言われても、甘えてもらってるとしか思えないから。」

碧生くんは本心からそう言っていた。
「内緒、って言ったのも、百合子に焼き餅焼いてもらえたらうれしいなあ、って、つい。」
そう言って、碧生くんは頭をかいた。 

……焼き餅……になるのかしら。
不愉快で不満だったのは確かだけど、それは、隠す碧生くんに対する不信感のような……。

「ほんとはね、俺、1年の秋までは、ちょっと百合子に言えないぐらい女の子と遊んじゃった。……高校3年間、全寮制の男子校だったからさ~、解放感ではじけたんだよね。」

秋まで……

「そうそう、由未が気になったのもね、やすまっさんが日替わりで由未にキスマークつけてるから、この子、めっちゃヤッてるんだ、って、そういう尺度で見てた。楽しく遊べそう、って。」

「なっ!……失礼なっ!」
思わずカッとしたけれど、……私は何に対して怒ったのだろう。

本当は、異母姉妹の由未さんを侮辱されたから?
大好きな従兄の恭匡(やすまさ)さんのため?

それとも、碧生くんが由未さんをも標的にした過去に対して?