義人さんという常に複数の女性がいることが大前提の人との付き合いと、奥様のいらっしゃるという泉さん。

仕方がないとあきらめているつもりでも、やっぱり心は納得できていなくて、私だけを見てくれる、私が独占できる人に憧れていたような気がする。

……碧生くんとちゃんと向き合って、ちゃんとお付き合いすると決めたら、手に入るのだろうか。
お互いに唯一無二の存在。



翌日はメーデーだけど、大学の講義は平常通り。
朝食時に、碧生くんに尋ねられた。

「おはよう。今日は何時まで?」
「講義は3コマですが、図書館で調べ物があります。」
また敬語になっちゃったことに気づいたけれど、どうしようもなかった。

「俺、国立国会図書館行くけど。一緒にどう?」
「……慣れた施設のほうが便利ですので。」
誘われてうれしいのに、断ってしまった。

「わかった。じゃ、行き帰りは一緒に行こう。」
「電車で行きますけど。」
「送迎したいの!」

両親の前でそう押し切られて、それ以上断ることができなかった。

碧生くんの車で大学まで送ってもらうのは、ハッキリ言って、気恥ずかしい。

赤いスポーツタイプの車、それも関西では悪目立ちする品川ナンバー。
ものすごく遊び人とつきあってるように見られるんじゃないだろうか。

……フェラーリよりは全然マシだけど……普通に会話もできるし。

「夕べはごめんね。不愉快な想いさせて。」
しれっとそう言った碧生くんに、私は返事できなかった。

怒ってるわけじゃないし、謝られることでもないのに、と思うと言葉が出てこないのだ。
自分の中で何も整理できてないから。

「でも、うれしかったよ、俺は。」
意外な言葉に思わず碧生くんを見た。

運転中だけど、碧生くんもチラッと私を見た。
その頬が、少しゆるんだ。
「ちょっと前までなら、俺が東京で何してても、百合子は興味なかったろ?どうでもいい、って思ったろ?」

信号が赤になった。
碧生くんは私の耳元で何かを囁いた。
吐息のような音になってないかすかな囁き、それも、早口の英語。
私の未熟過ぎる学校英語力では、全然聞き取れない。

「何て言ったの?」
「え!?あ!英語だった!しまった!」

碧生くんは、激しく動揺し、慌てていた。

「もう一度、言って?日本語で。」
そうお願いしたけれど、碧生くんは見たことないぐらい焦って、わたわたしていた。

「もしかして、碧生くん、夢は英語で見るひと?」
「……うん。」
「頭の中で考える言葉も、英語?」
「それは、半々。いや、日本では圧倒的に日本語かな。帰国すると、英語に戻る。」
「じゃあ、ご家族の会話も英語なの?」
「うん。俺以外は、日本語は教養レベル?カタコト。」

……本当に国籍は日本を選んだだけで、ほぼ外国人なんだ。

アメリカに「帰国」という言葉を碧生くんが使ったのも、少なからず衝撃だった。