「めんどくさい女、苦手やねん。泣くんやったら、これで終わりや。」
心が凍り付きそうな冷たい声と言葉。

「……泣きません。」
涙をこぼさないように顔を上げて、そう言った。
泉さんが鼻で笑った。

くやしい。

「手。ください。」
スンッと鼻をすすってから、右手を差し出してそう言った。

怪訝そうに泉さんが左手を突き出した。
「なんで?危ないことせんといてや。運転中やで。」

……刺されるとか、噛まれるとか、思ったのだろうか。

「触れるだけです。」
プンッとそう言って、泉さんの左手に両手をからめた。
「……手ぇフェチか。」
泉さんがそうからかった。

「そうかもしれません。泉さんは?何フェチですか?」
「俺?……パンスト。」
真面目に答えられて、思わず吹き出してしまった。

「何で?剥き出しよりエロいやろ?」
ムキになってそう主張する泉さん。
「次は着物じゃなくて洋服で、オールスルーシームレスのパンストで誘惑しますわ。」
私はそう言って泉さんの左手に口づけた。

「小娘が!」
泉さんに鼻で笑われた。
くやしいので、泉さんの中指に軽く噛み付た。
「……何やってんねん。」
驚いて引っ込めようとした泉さんの手を逃さず、しつこく甘噛みしたり舐めたりし続けてみた。

泉さんの股間の反応を確認してから、やめた。
「……続きは後日。桜、見えるとこ、探してくださいね。散る前に。」
挑戦的にそう言ってから、鞄の中からウェットティッシュを取りだして泉さんの指を拭った。

「今日日(きょうび)のお嬢様って、こんなん?信じられんわ。……彼氏に仕込まれたんか。」

ドキッとした。
彼氏って、碧生くんのことよね。

「……あの人とは、そういう関係じゃありません。」
背筋を伸ばして顔を上げて泉さんにそう言った。

「ふぅん。どうでもええわ。」
興味なさそうに泉さんは吐き捨てたけれど、しばらくの沈黙のあと、ボソッと言った。

「薫に内緒やで。」
水島くんに内緒……って、どうでもよくないんじゃない。

「私も内緒にしておいてほしいです。……中沢さんにも。」
「先生?そら、もう遅いわ。バレバレやろ。」
あっけらかんと泉さんは言った。

「……そうですか。」
ため息が出た。

静かになった私の様子が気になるらしく、泉さんは信号のたびに私を見て何か言おうとしていた。

背筋を伸ばしてすまして前方を見つめて無視している私に、泉さんはだんだん苛立ってきたらしい。

「あー!辛気くさい女やなぁ!もう!」
と、爆発した。