「でも、ココじゃ嫌。」
心だけじゃなくて身体もドロドロに溶けてるはずなのに、私は自分でも驚くほどキッパリとそう言った。

「ホテル、入るけ?」
さらっとそう聞かれて、もう一度泉さんの唇を求めてから言った。

「夜桜の綺麗なところ。」
私がそうリクエストすると、泉さんはキョトンとした。

「はあ!?どこ?言うて!」

……どこかしら?
首をかしげて見せてから、また唇を重ねた。

泉さんは、苛立ち、舌打ちをして、やけくそのように激しいキスをした。

翻弄される……。

……でも私の桜リクエストもまた、泉さんを翻弄したみたい。
意図しなかった効果に、自然と頬が緩んだ。 
それに、泉さんは着物にも慣れてらっしゃらないらしい。
裾を割っても長襦袢に邪魔され、襟元を緩めることもできず、帯のお太鼓も邪魔に感じているようだ。

……身八つ口から手を入れることもご存じないのね。

少し心に余裕が生じた。




「……送るわ。」
諦めたらしく、泉さんはサバサバとそう言った。

予想外に急に突き放されて、私の心臓がぎゅっと握りつぶされたかのように痛んだ。
もしかして拒絶したように思われたのだろうか。
決してそうではないのだけれど。

……余計なリクエストをしちゃった。

でも今更「ごめんなさい」と謝るのも「どこでもいい」と訂正することもできなかった。


「家、どこ?」
そう聞かれて、私は備え付けのカーナビに義父の会社の電話番号を入力した。

会社名を見て、泉さんは驚いたようだ。
「ほんまにお嬢様なんや。俺でも聞いたことあるわ。」

私は泣き出さないように口を結んだまま、曖昧に微笑んだ……つもりだったけど、単に恨めしげに顔を歪めただけになってしまったようだ。
「なんちゅう顔してんねん。こんなワガママな女、知らんわ。」

泉さんにそう言われて、少なからずショックを受けた。
……こんなワガママな人に言われるとは……。

しょんぼりしてると、
「ベルト!」
と、シートベルトするよう指示された。
怖い泉さんに戻ってしまったみたい。



車が東山を越えて京都盆地に入っていく。
沈黙が嫌で、何か話したいのに言葉が出ない。
触れたいのに、もう一度触れられたいのに……。

ハンドルを握る泉さんの筋張った長い指。
白い大きな手に力強さを感じて、私は自分の膝の上で組んだ手にぎゅーっと力を込めた。
泣きたくない。

身を震わせて、涙をこらえた。