「ごきげんよう。」
「……気をつけなよ。行き着く先は、地獄だよ。」
重ねてそう言われて、足が止まった。

「恐ろしいことをおっしゃいますのね。」
「何人も見てきたからね。商売女でもボロボロになってたのに、ましてお嬢様じゃ……」

中沢さんが心配してくださってるのは、わかる。
でも今の私には、先に行ってしまった泉さんを追うことのほうが大事だった。

「ありがとうございます。でも職業や立場で強さを計ることはできませんわ。」
大丈夫。
これでも私、つらい恋を経て強くなりましたのよ……本当のことは言わないまま会釈してお座敷を出ると泉さんを追った。

地獄へと続く廊下を、走らないように早足で。




「焼き肉、百合子も食える?」
車に乗ってから、泉さんがそう聞いた。

「正直、満腹ですけど、泉さんが召し上がられるのをひとくちふたくちご相伴させていただきます。」
そう言うと、泉さんは
「ほな、ええとこ行こか。」
とアクセルを勢いよく踏んだ。

……本当に運転が雑だわ。



阪神高速京都線に乗ってから、泉さんはお店に電話をした。
「泉です。今、いいけ?ちょっとでええし。うまい肉、食わせてぇな。」

まるで留守電にメッセージを入れてるかのように、自分の言いたいことだけを言ってすぐに電話を切る泉さん。

連れていただいたお店は、京都市内だけど洛外の有名なお肉料理屋さん。
……一度家族で来たけれど、お肉が豪快過ぎて母が気に入らなかったお店だった。

泉さんはよく来られるらしく、ゴロンゴロンの大きなお肉の塊を網焼きでうれしそうに召し上がっていた。
生でもいただける美味しい和牛を堪能して、泉さんは機嫌がよくなったようだ。





「俺、今、結婚してるけど、百合子がよければ、ええで?」

車に乗るなり、いきなり直球を放り投げて寄越した。
さすがに返事に困るわ。

「……何度も離婚されてて、お子さんもいらっしゃるという噂を聞きました。」
即答を避けて、そう聞いてみた。

「まあ、そやな。ええ加減な男や。嫌やったら、やめとき。」

……なるほど、そう来ましたか。

引かれると、追いたくなるのが男と女。
既に、私の心は泉さんに執着していた。
でも結婚してるのね。

「不倫は、分が悪いですね。奥様に訴えられたら、私に勝ち目ありませんもの。」
悲しいのに、不思議と微笑みが出た。

泉さんには、私の反応が予想外だったらしい。
クッと笑ってから、愉快そうにおっしゃった。
「ほな、知らんかったことにしとき。俺が独身やって、百合子を騙したことにしたらええわ。」

……悪い人。