「……すみません、期間限定とは存じませんでした。」
泉さんにそう謝ると、
「別にかまへん。」
と、どうでもよさそうなことを言った。
 
でもすぐに気が変わったらしく、ジロッと私を睨むように見て、こう続けた。
「いや、やっぱり肉、食いたい。ここ出てから焼肉行くから、つきあいや。」

……睨まれても口調が優しく感じて……怖くなかった。
どうしよう。
怖い人って思っていたほうがよかったような気がする。

泉さんという宇宙人が何を考えているのか、ますます知りたくなる。

中沢さんが帰ってくると、泉さんと競輪の話を始めた。

……そういえば、どうして先生なんだろう。
「中沢さんは教師?ドクター?弁護士?……政治家じゃないですよね。」
2人の話が途切れた時に、そう聞いてみた。

「僕?元高校教諭。今はしがない予備校講師だよ。」
「数学の先生やで。めちゃめちゃ頭いいねんで。」
なんだか、中沢さんが泉さんのファンのはずなのに、泉さんが中沢さんの優秀さを自慢してるように見える。

まるでお友達同士みたい。

「百合子は?学生?家事手伝い?」
たけのこのお造りが口に合わないらしく、首をかしげながら泉さんが聞いてきた。

「学生です。2回生になりました。」
やっぱり木の芽和えと若竹煮が好きだな~としみじみ味わいながらそう答えた。

中沢さんに大学を聞かれて答えると
「お嬢様やん。」
と、泉さんにも言われた。

実際にお嬢様と呼ばれる立場なので謙遜もせずすましていたけれど、……それで泉さんにドン引きされたらどうしよう、と少し不安になった。

筍ご飯のおかわりを仲居さんに聞かれて……ちょっと食べたかったけれど、泉さんに一瞥されて諦めた。
中沢さん1人が3杯もおかわりしていた。

デザートのメロンをいただくと、泉さんはお財布から無造作にお金を抜いて中沢さんに渡した。
「これで払ろといて。ほな、百合子送って帰るわ。」
そう言うと慌ただしく、立ち上がって部屋を出て行ってしまった。

「……ご馳走さん。お嬢様、ポイ捨てされたくなけりゃ、そうやすやすと食われちゃダメだよ。」

中沢さんは受け取った1万円札をお扇子のように広げて、私に振って見せた。
5万円……1人1万2千円のコースだから、税サービス料別でも1万円以上余る。
お釣りはそのまま中沢さんに差し上げる、ってことなのかしら。
鷹揚というか、適当というか……。

お金のことが気になって、言われた言葉の意味を咀嚼するのが遅れた。
やだ。
焼き肉にお付き合いするだけなのに、誤解されてる。

……否定したかったけれど、中沢さんに内緒で行くことに後ろめたさを感じて私は黙って頭を下げた。