そして泉さんもまた、自分の車に黙々と荷物を積んでいる。

私はどうすべきなのかわからずオロオロしてると、
「何してんねんな。早よ、乗り。」
と、泉さんに呼ばれた。

ええええ!
泉さんの車の助手席に乗るんですか!?
そんな恐ろしい……。

恥じらいや照れよりも、あの荒い運転を思い出し、私はたぶん青ざめた。

ある意味、これも、泉さんと心中ではなかろうか……。



「何で今日、着物なん?」
泉さんは運転しながらそう聞いてきた。

「お茶のお稽古の後、着替える時間がありませんでしたので。」
へえ、と興味なさそうな相づち。
……コミュニケーションが難しいな。

「怪我、痛みませんか?」
「けがぁ?……ああ、初日な。別に。このぐらい。」
今はジーンズに覆われた左足に目線をじっと落とす。
 
たくましい脚。
他の競輪選手に比べると小柄で華奢に見えたのに、こうして改めて近くで見ると大きくて筋肉でシャツもジーパンもパンパン。

……何だかドキドキしてきた。


すぐ近くのコンビニの駐車場に入ると、程なく中沢さんの車が来た。

紺色のレガシィ……中沢さんが昭和の色男っぽいからか、渋く見えた。

ちなみに泉さんの車は、ご本人に似合わないパールがかった淡いすみれ色のパッソ。
後部座席を倒して、自転車や荷物が載っている。

泉さんは、方向転換にしては勢いよく、ぎゅるんぎゅるんとエンジンとタイヤに悲鳴をあげさせて中沢さんの車の後ろについた。
……やっぱり運転、荒いわ。

「筍(たけのこ)ゆーたなあ?肉あるかな……」
ボソッと泉さんがこぼした。
本当はお肉が食べたかったのかしら。

「しゃぶしゃぶコースをいただいたことがありますから、準備はされてるんじゃないでしょうか。泉さんは筍の気分ではありませんでしたか?」

そう聞くと泉さんは、満足そうな笑顔を浮かべた。
子供のような笑顔に、私は「怖い」と思っていたことを忘れて、かわいいと思ってしまった。



中沢さんがお店に電話をしていたらしく、すぐにお座敷に通していただけた。

「自分ら、コース頼みぃな。俺だけ肉。しゃぶしゃぶかすき焼き、頼むわ。」
泉さんはそう注文したけれど、仲居さんが申し訳なさそうに言った。

「……すみません、しゃぶしゃぶもすき焼きも冬期のみのメニューなんです。」
え!?

あからさまにガッカリした泉さん。
「何かないの?肉。」

「筍とお魚のコースならございますが……」
そういえば、あまり鮮度のよくないお造りと、鯉の飴炊きが出てた気がする。

泉さんはむっつりして、
「ほな、何でもええわ。」
と、拗ねた!
明らかに拗ねてらっしゃる、この人!

中沢さんが、筍尽くしのコースを注文してからお手洗いに立った。