アイザックはウェルスターの執務室にいた。
縛られ、長椅子に寝かされている少女は気を失ったままだった。
向かいの椅子に腰かけ、少女を見つめる。
上下がつながった簡素な衣服。
腰に巻かれた細い紐。
どこかの小間使いだろうか?
肌は透き通るように白く、やわらかそうに見える。腕の傷口が痛々しい。
小間使いにしては肌が滑らかすぎるようだ。
脚には無数の傷。靴はない。
なぜ素足なのだろうか?
化粧をしている風もなく装飾品は一切ない。
いや、首飾りをしているのか?
首筋に細い紐のような・・
複数の足音が近づいてくるのが聞こえた。
入口のほうを見やったとき、ちょうど扉が開けられた。
入ってきたのはフランツ皇子と副騎士団長のウェルスターだった。
「アイザック、何かみつけたのか?」
フランツ皇子がめずらしくその表情を曇らせているように見えた。
「ええ、何か首飾りをしているようです。今確認しようとしておりました。」
≪皇子は何か機嫌がよくないのだろうか?≫
アイザックは倒れた少女のすぐそばに膝をつき、胸元にかかった首飾りを手にしていたが
すぐに立ち上がり、フランツ皇子のほうへ直った。
「身元がわかりそうなものは何か出たか?」
ウェルスターが聞く。
「何も持っておりませんでした。」
「何も?」
「はい。靴も履いておりません。あるいはどこかで脱げたのかも。」
フランツはウェルスターが勧めた椅子には向かわず、気を失っている少女のそばにそっと膝をついた。
「一体何をしていて・・靴も履かず・・」
少女の足はなるほど、庭の木々や泥に分け入ったせいで汚れ、木々で切ったのであろう小さな傷がいくつもあった。白い肌にそれらは痛々しく映った。そして、少女を縛る縄も白い肌にこすれた跡をつけている。
フランツの手は少女を縛る縄をほどきにかかっていた。
ウェルスターが止めるのも構わず、縄は解かれた。
「首飾りに何か特徴は?」
「ただのガラスか何かかと思われます。特に高価な宝石にも見えないようです。」
もう一度アイザックが膝をつき、その首飾りをフランツに見えるように掌に載せる。
確かに…きれいな澄んだ青をしているが見たことのある宝石のようではないようだ。
細くより合わせた糸に結ばれたそれはお守りか何かの類にも見て取れた。
柔らかそうな黒髪。フランツのきれいな指先が少女の顔にかかった髪をそっと払う。
まだ幼さが見える顔。血の気が引いたような蒼白な顔色だが、頬には若さがはじけているようだ。
ぷっくりとしたやわらかそうな唇。白く透き通った肌。
さっき私を見て離さなかった黒く大きな瞳。とても印象的だった。
あんな状況だったというのに・・。
≪こんな状況だというのに私は何を考えているんだ。。≫
フランツは痛々しい腕の傷口近くにそっと触れた。
「っん!・・」
びくっと少女が体を震わせた。
すぐそばに誰かいるような感覚・・そっと顔をふれられているような。
・・ママ?
痛い・・腕が・・痛い・・
じんじんとした痛みが少女の意識を呼び覚ました。
「痛っ・・」
私はしびれる瞼を何とか開いた。
そのすぐ先にさっき見た人物がいた。
「!!きゃ、、きゃーっ!!」
慌てて身体を起こそうとしたが腕の痛みとしびれた身体でうまく立ち上がれず、
ディアナはバランスを崩して後ろへ倒れこんでしまった。
さっと伸びた腕がディアナの身体をぐいっと引っ張り、受け止めた。
やわらかな金色の髪をしたその人だった。
がっちりとした腕と胸に支えられ、ディアナはその場に座るよう促された。
その青く澄んだ瞳がじっと少女の瞳を覗き込んで言った。
「きみは誰だい?」
その瞳に見つめられ、ディアナは目が離せない感覚にとらわれた。
≪なんだかどこかで見たことがあるようなこの瞳…≫
「ディアナ。私は・・ディアナ。」
自分を見つめる瞳と、身体を支えてくれた両腕の優しさに、ディアナは素直に名前を告げていた。
薄く青い瞳がふっとやさしく揺れたような気がした。
やわらかそうな金色の髪が、この人物にやわらかい印象を与えているのだろうか?
「ではディアナ。さっき、どうしてきみはあの場所へいたのか、説明してくれるかい?」
幼い少女だと思い、フランツはそういう問いかけをした。幼子に接するように、とても優しい。
社交の場でみせることのない、フランツの笑み。
ウェルスターはその様子に思わずくちがぽかんとしてしまいそうだった。
正体の知れぬ、もしかすると皇子をはめようとしている者の手先かもしれないのに、だ。
どうもフランツ皇子はこの少女に対してガードがゆるくなってしまっているようだと感じた。
アイザックのほうでも、皇子の表情のやわらかさをいつもとは違うと感じていた。
「フランツ皇子、少し距離が近いようでは?尋問は我々がしますので…」
「おう、、じ?」今度はディアナがぽかんとする番だった。
そのディアナの瞳にフランツは苦笑した。
アイザックが続けた。
「きみは誰に指示されてあの場所にいた?あの場所で隠れて何をしていた?」
甘くきれいな顔立、強いまなざしをした男が、皇子と呼ばれた男の横に立ち、ディアナを見つめていた。
いったい何を言っているの?ディアナには話がよく理解できなかった。
「いったい何の話を。。。」
口ごもるディアナ。皇子だとか、陥れるとか・・
「私はさっき、ただ、、大きな男の人が突然、、突然、、倒れるのを…」
≪そうだった・・≫ディアナはぎゅっと目を閉じた。自由に動く左手だけで身体を抱きしめるように、身を縮める。
身体ごと震えるディアナ。
「倒れるのを見た?」
ディアナは小さく首を縦に動かした。
震えがとまらない。
「突然・・突然あそこに居て・・どうしてだか・・そしたら・・」
少女の顔面は蒼白だ。アイザックにもこの少女が何かをしたとは思えなかった。
アイザックはフランツを見やった。
フランツが心配そうな眼差しをこの少女に向けている。
そのことのほうが意外だった。
「フランツ皇子?」
思わず声をかけた。舞踏会や社交の場でさえ見せない熱っぽい視線だったからだ。
フランツがアイザックに声だけをむける。
「アイザック、すぐに腕の手当てを。それから何か羽織れるものも。」
「皇子!まだ正体がはっきりしていません、そのようなお気づかいはいかがかと・・!」
そっとフランツの手がディアナに伸びた。
頭をそっとなで下ろす。なぜだか、フランツはこの恐怖で震える小さな少女に大丈夫だと震えをとめてやりたいと思った。
「ディアナ。この首飾りは、大切なものかい?」
名前を呼ばれたディアナは、その名前を呼ぶ声がとてもあたたかいように感じた。
≪なぜ?見たこともない人なのに?≫
不思議と、この人は自分を傷つけない、ディアナはそんな気がしていた。
フランツの問いにディアナは
こくり、とうなづいていた。
「では、この首飾りは少し預からせてもらおう。いいかい?
きみの身元がはっきりすれば返してあげよう。それまでの保証に。」
フランツは青く澄んだ玉に触れる。ディアナの胸元にもかすかに手が触れた。
ディアナの心臓がまたとくん、と鳴ったようだった。
青い玉、ディアナにとって大事なものだった。
物心ついた時にはすでに肌身離さずつけていたものだった。
思わず玉をつなぎとめている首元の紐を手で押さえる。
フランツ皇子がやわらかく笑う。
「大事なものを預けてくれればきみはきっと逃げ出したりしない。
陰謀と無関係なことを証明してくれる、よね?ウェルスターもきっときみの無実を認めるよ。」
「皇子!」
そんな青い玉ひとつ、いったい何の保証になるというのか?
ウェルスターは頭をかかえそうになった。
≪どうやら皇子はこの娘にご執心らしい。≫
アイザックがくく、と笑う。
ディアナは瞳をぱちくりさせて目の前の三人の男たちの様子を見ていた。
皇子の瞳と目が合うと、その瞳に絡め捕られるようだった。
「私が無関係だとわかれば、家に帰してくれる?」
「ああ、もちろん。」
≪私はこの人の瞳をどこかで見たことがあるのかしら・・≫
ティアナも皇子と同じく不思議な思いにとらわれていた・・。
青い光に導かれて、ふたりはここに出会うことになった・・
縛られ、長椅子に寝かされている少女は気を失ったままだった。
向かいの椅子に腰かけ、少女を見つめる。
上下がつながった簡素な衣服。
腰に巻かれた細い紐。
どこかの小間使いだろうか?
肌は透き通るように白く、やわらかそうに見える。腕の傷口が痛々しい。
小間使いにしては肌が滑らかすぎるようだ。
脚には無数の傷。靴はない。
なぜ素足なのだろうか?
化粧をしている風もなく装飾品は一切ない。
いや、首飾りをしているのか?
首筋に細い紐のような・・
複数の足音が近づいてくるのが聞こえた。
入口のほうを見やったとき、ちょうど扉が開けられた。
入ってきたのはフランツ皇子と副騎士団長のウェルスターだった。
「アイザック、何かみつけたのか?」
フランツ皇子がめずらしくその表情を曇らせているように見えた。
「ええ、何か首飾りをしているようです。今確認しようとしておりました。」
≪皇子は何か機嫌がよくないのだろうか?≫
アイザックは倒れた少女のすぐそばに膝をつき、胸元にかかった首飾りを手にしていたが
すぐに立ち上がり、フランツ皇子のほうへ直った。
「身元がわかりそうなものは何か出たか?」
ウェルスターが聞く。
「何も持っておりませんでした。」
「何も?」
「はい。靴も履いておりません。あるいはどこかで脱げたのかも。」
フランツはウェルスターが勧めた椅子には向かわず、気を失っている少女のそばにそっと膝をついた。
「一体何をしていて・・靴も履かず・・」
少女の足はなるほど、庭の木々や泥に分け入ったせいで汚れ、木々で切ったのであろう小さな傷がいくつもあった。白い肌にそれらは痛々しく映った。そして、少女を縛る縄も白い肌にこすれた跡をつけている。
フランツの手は少女を縛る縄をほどきにかかっていた。
ウェルスターが止めるのも構わず、縄は解かれた。
「首飾りに何か特徴は?」
「ただのガラスか何かかと思われます。特に高価な宝石にも見えないようです。」
もう一度アイザックが膝をつき、その首飾りをフランツに見えるように掌に載せる。
確かに…きれいな澄んだ青をしているが見たことのある宝石のようではないようだ。
細くより合わせた糸に結ばれたそれはお守りか何かの類にも見て取れた。
柔らかそうな黒髪。フランツのきれいな指先が少女の顔にかかった髪をそっと払う。
まだ幼さが見える顔。血の気が引いたような蒼白な顔色だが、頬には若さがはじけているようだ。
ぷっくりとしたやわらかそうな唇。白く透き通った肌。
さっき私を見て離さなかった黒く大きな瞳。とても印象的だった。
あんな状況だったというのに・・。
≪こんな状況だというのに私は何を考えているんだ。。≫
フランツは痛々しい腕の傷口近くにそっと触れた。
「っん!・・」
びくっと少女が体を震わせた。
すぐそばに誰かいるような感覚・・そっと顔をふれられているような。
・・ママ?
痛い・・腕が・・痛い・・
じんじんとした痛みが少女の意識を呼び覚ました。
「痛っ・・」
私はしびれる瞼を何とか開いた。
そのすぐ先にさっき見た人物がいた。
「!!きゃ、、きゃーっ!!」
慌てて身体を起こそうとしたが腕の痛みとしびれた身体でうまく立ち上がれず、
ディアナはバランスを崩して後ろへ倒れこんでしまった。
さっと伸びた腕がディアナの身体をぐいっと引っ張り、受け止めた。
やわらかな金色の髪をしたその人だった。
がっちりとした腕と胸に支えられ、ディアナはその場に座るよう促された。
その青く澄んだ瞳がじっと少女の瞳を覗き込んで言った。
「きみは誰だい?」
その瞳に見つめられ、ディアナは目が離せない感覚にとらわれた。
≪なんだかどこかで見たことがあるようなこの瞳…≫
「ディアナ。私は・・ディアナ。」
自分を見つめる瞳と、身体を支えてくれた両腕の優しさに、ディアナは素直に名前を告げていた。
薄く青い瞳がふっとやさしく揺れたような気がした。
やわらかそうな金色の髪が、この人物にやわらかい印象を与えているのだろうか?
「ではディアナ。さっき、どうしてきみはあの場所へいたのか、説明してくれるかい?」
幼い少女だと思い、フランツはそういう問いかけをした。幼子に接するように、とても優しい。
社交の場でみせることのない、フランツの笑み。
ウェルスターはその様子に思わずくちがぽかんとしてしまいそうだった。
正体の知れぬ、もしかすると皇子をはめようとしている者の手先かもしれないのに、だ。
どうもフランツ皇子はこの少女に対してガードがゆるくなってしまっているようだと感じた。
アイザックのほうでも、皇子の表情のやわらかさをいつもとは違うと感じていた。
「フランツ皇子、少し距離が近いようでは?尋問は我々がしますので…」
「おう、、じ?」今度はディアナがぽかんとする番だった。
そのディアナの瞳にフランツは苦笑した。
アイザックが続けた。
「きみは誰に指示されてあの場所にいた?あの場所で隠れて何をしていた?」
甘くきれいな顔立、強いまなざしをした男が、皇子と呼ばれた男の横に立ち、ディアナを見つめていた。
いったい何を言っているの?ディアナには話がよく理解できなかった。
「いったい何の話を。。。」
口ごもるディアナ。皇子だとか、陥れるとか・・
「私はさっき、ただ、、大きな男の人が突然、、突然、、倒れるのを…」
≪そうだった・・≫ディアナはぎゅっと目を閉じた。自由に動く左手だけで身体を抱きしめるように、身を縮める。
身体ごと震えるディアナ。
「倒れるのを見た?」
ディアナは小さく首を縦に動かした。
震えがとまらない。
「突然・・突然あそこに居て・・どうしてだか・・そしたら・・」
少女の顔面は蒼白だ。アイザックにもこの少女が何かをしたとは思えなかった。
アイザックはフランツを見やった。
フランツが心配そうな眼差しをこの少女に向けている。
そのことのほうが意外だった。
「フランツ皇子?」
思わず声をかけた。舞踏会や社交の場でさえ見せない熱っぽい視線だったからだ。
フランツがアイザックに声だけをむける。
「アイザック、すぐに腕の手当てを。それから何か羽織れるものも。」
「皇子!まだ正体がはっきりしていません、そのようなお気づかいはいかがかと・・!」
そっとフランツの手がディアナに伸びた。
頭をそっとなで下ろす。なぜだか、フランツはこの恐怖で震える小さな少女に大丈夫だと震えをとめてやりたいと思った。
「ディアナ。この首飾りは、大切なものかい?」
名前を呼ばれたディアナは、その名前を呼ぶ声がとてもあたたかいように感じた。
≪なぜ?見たこともない人なのに?≫
不思議と、この人は自分を傷つけない、ディアナはそんな気がしていた。
フランツの問いにディアナは
こくり、とうなづいていた。
「では、この首飾りは少し預からせてもらおう。いいかい?
きみの身元がはっきりすれば返してあげよう。それまでの保証に。」
フランツは青く澄んだ玉に触れる。ディアナの胸元にもかすかに手が触れた。
ディアナの心臓がまたとくん、と鳴ったようだった。
青い玉、ディアナにとって大事なものだった。
物心ついた時にはすでに肌身離さずつけていたものだった。
思わず玉をつなぎとめている首元の紐を手で押さえる。
フランツ皇子がやわらかく笑う。
「大事なものを預けてくれればきみはきっと逃げ出したりしない。
陰謀と無関係なことを証明してくれる、よね?ウェルスターもきっときみの無実を認めるよ。」
「皇子!」
そんな青い玉ひとつ、いったい何の保証になるというのか?
ウェルスターは頭をかかえそうになった。
≪どうやら皇子はこの娘にご執心らしい。≫
アイザックがくく、と笑う。
ディアナは瞳をぱちくりさせて目の前の三人の男たちの様子を見ていた。
皇子の瞳と目が合うと、その瞳に絡め捕られるようだった。
「私が無関係だとわかれば、家に帰してくれる?」
「ああ、もちろん。」
≪私はこの人の瞳をどこかで見たことがあるのかしら・・≫
ティアナも皇子と同じく不思議な思いにとらわれていた・・。
青い光に導かれて、ふたりはここに出会うことになった・・