目を開けた。
見慣れた、私の執務室だった。

レデオン卿、ウェルスターと、シラー国との紛争遠征について
作戦を練っていたところだった。

私の身体と口は勝手に動いている。
私のもうひとつの意識だけがこうやって
この時の私にくっついているようだ。
『妙な気分だ。』

この時ディアナは・・

そう、ディアナは危険から守るため
私の寝室に移し過ごさせていたのだった。


「皇子?」
ふいにレデオン卿に声を掛けられた。
私は明らかに寝室のほうへ注意を向けていたらしい。

「中庭に出られたディアナ様のことがご心配ですかな?」
そうか、ディアナはもう中庭に向かったあとだったのか。

『追いつけば間に合うのでは?』
蜘蛛の毒に倒れたディアナのイメージが浮かんだ。
頭を振り、席を立ちあがった。意識に実体が重なる瞬間だった。


「ディアナ様が!」
バタン、と扉が開けられた。
執事と、純白のマントの騎士が執務室の扉を開け、フランツを見つめる。
遅かった。



侍医が付き、部屋に運ばれてきたディアナは真っ青な顔色をして
血にまみれ、苦しそうに息をしていた。

私の心臓は止まるかと思うほど
ぎゅっと握りしめられるようだった。


声をかけても手を握っても反応はない。

幸いレデオンの前例があったため、
同じ毒だとわかると処置が早かった。


毒を盛った犯人は必ず暴き出してみせる。。
まだ青白い顔で眠るディアナの枕元で、私はその小さな手を
そっと握りしめていた。

『止められなかった。。彼女が倒れることを。
変えられなかった。。過去を。。』



アイザックがブリミエル卿の証拠を掴んで帰ってきた。
ブリミエル卿を一気に取り押さえた。

『そうだ、それでディアナの危険は終わったと思っていたんだ。
だが違った。』


目の前の視界がすっと変わった。
歓喜する国民、安堵する弟皇子、大臣たち、捕らえられたブリミエル卿、
それらの顔が浮かんでは消えていく。

国民はブリミエル卿の一連の事件に大いに驚いた。
そして同時に、『救い』への関心と期待をさらに膨らませることになった。


『私は何も変えられないまま、ここにいるということか。
これでは・・』

『いや、ディアナの消える過去を、どこかに変える手がかりがあるはず』


国王の顔を浮かんだ。そして遠征へ出発する私が見えた。
私は目を凝らした。



☆☆☆

目を開けると、
私は意識が回復せず眠りつづけるディアナのそばに居た。
ディアナの小さな手を握り、その目が開いて私を見てくれることを切に願っている。
この時の私も、今の私も同じだった。

『変えられないのだろうか?』
出発の時が迫る。苛立ちが募る。


ディアナの胸に輝く青い玉を見た。
この玉がなかったら・・


初めて出会ったその時に、私がこの玉を見ていなければ、
『救い』だなどと言わなければ、彼女は苦しまなくてすんだかもしれない。
『役目』など押し付けなければ。


『この時の私も、今の私も、これさえ無ければよかったのかと。
それでは同じだ。でもそれでは・・』
その先の考えを否定したかった。

私はそっと首飾りに手を伸ばしていた。


だがその時、眠るディアナの瞼からすっとこぼれ落ちるものがあった。
「泣いてるのか?」
それは後から後から溢れてくる涙だった。


『役目を果たせなければ、存在の意味は消える。』
あの言葉がまた頭に響いてくるようだった。


きみのために・・・




暗闇の中、響いた声が蘇る。

私が叫んでいたことが繰り返される。

役目、存在、意味、、



『今』なのか?


フランツはゆっくりと顔を上げた。

『ディアナにはディアナの、私には私のやるべきことがある。。』


ディアナの濡れた頬をそっと拭う。



『共に歩みたければ、存在に意味を・・』
『娘に役目を・・ さもなくば・・』







私はディアナが愛しい。
おいで。待っているよ。





私はすべての考えを振り切った。




ディアナの胸元にそっとくちづけをした。
首飾りは外さなかった。







扉を押して部屋を出るとき、ふと、
『あの涙はもしかすると。。』
ディアナも自分と同じ経験をしているのかもしれないとフランツは思った。