「さあ、おいで。」

立ち上がり、差し出された大きな掌。
なんとか自分で立ち上がろうとそれを断るが、まだがくがくしている足が勝手によろけるものだから、、フランツに支えられてしまう。
情けない。。あたしったら。


フランツは視線を、更に奥へ続く豪華な作りの扉に向ける。
「あちらへ。」

眉根を寄せると、くく、と笑う。
「何も本当に食べようってわけじゃないさ。」
扉に手を掛け、大きくそれを開く。

その部屋は更に広くて、天井も高い。
装飾品は金色と白と紺色で整えられていて、大きく窓がとられている。
たっぷりとしたカーテンが掛けられている。

一歩足を入れる、ふかふかの絨毯を足元に感じる。

「今日からここが君の部屋だ。自由に使ってくれて構わない。」

「だって、ここ、、皇子の・・」
「私とディアナの部屋になる。遠征までのしばらくの間だが、好きに使ってくれて構わない。」


なんで?なんで??どうして??
どういうことーーー???!

部屋にある大きなベッドが、いやというほど目に飛び込んできた。


敵からの護衛を強化するため、
私を皇子と同室にさせるということらしかった。
騎士団の団長であり、剣の腕は確かだというフランツ皇子。その腕に敵う者はそういないらしかった。

それにしたって・・・

皇子との同室、いや、皇子の部屋に居候することがこうして告げられた。



コンコン、固まったままの私のはるか後方から、扉を叩く乾いた音が響いた。
「皇子、レデオン卿とウェルスター卿がいらっしゃっております。」
ベンダモンが声を掛けた。「すぐに行く。」と告げると、フランツは執務室のほうへ踵を返した。

途中、私の肩にやわらかな紺色の羽織物を掛けてくれた。
フランツの香りがした。

「遠征は3日後だ。遠征までの間、公務や戦略会議で私はほぼ隣の執務室にいることになるだろう。
あまり部屋にいることはないはずだ。それでも隣にはいるから、何かあれば言って。

遠征先では紛争地から少し離れた城に駐在する。私は隊を率いて紛争地に赴く。

私がそばで守れない間、マレーとアイザックが君のそばを守るから。

ディアナ、君は今はゆっくり身体を休めているように。いいね?」
そう告げるとフランツは執務室へ扉をくぐった。

私より、皇子たちがしっかり休まないといけないのに・・
執務室への扉はとても分厚いようで、耳を澄ましてみても、何にも聞こえてこない。
それを開けたら皇子もレデオン卿もウェルスター卿もいるのかもしれない。
だけど戦略会議だって言ってたし、私に参加できるはずはとてもない。

かすかに、何か物音がしたような気がした。
会議が始まっているのだろう。
私はとにかく、足をひっぱらないようにしようと決意した。

皇子の寝室は、大きなベッド、高い天井、大きな窓にはドレープが素晴らしい深い藍色のカーテンが飾られていた。

衣装棚と思われる金色と白の装飾の施された飾り棚。
窓に面しておかれた真紅の背もたれの立派な金色の大振りの椅子。

ぎゅる、、るるるるう・・・
こんな時に、私のお腹ったら、、
フランツ皇子に聞かれなくてよかった。。

そういえば、夜ご飯がまだだったのを思い出した。
どうしたものか、と思っていると、
「ディアナ様っ。」
執務室からの扉が開かれ、マレーがたくさんのパンやフルーツ、サラダ、ジュースやミルクを載せた銀色のトレーを押して入ってきたところだった。
「マレーさん!」

マレーが指を口元に当て、後ろを気にする様子を見せる。
「ぁ、、」
マレーの後方から数人の話し声が聞こえる。

『そうだった』なんとか覗き込もうとすると、
見慣れた金色のやわらかな髪が見えた。後ろ姿で顔は見えない。レデオン卿のよく響くいい声も聞こえた。

マレーがそっと扉を閉めると、にっこりと笑顔を見せてくれる。
「さあ、お腹がおすきでしょう?」
「とっても!」

マレーさんが用意してくれた夕食を私はぺろりと食べた。
緊張や驚きや考え事をしていたからか、とってもお腹が空いていた。

「たくさん召し上がれ。ディアナ様は華奢でいらっしゃるのに、遠征についていかれるんですもの。少しでも食べて体力をつけておかないと。」
マレーさんは少しでも多く食べさせようと、さらに盛ってくれるから、もうどれだけ食べているのかわからない。
きっとこの時の食欲は、マレーさんを見て安心したせいもあったのかもしれない。

「私も驚きましたよ、皇子様のお部屋で一緒に過ごされるから、部屋を移る用意を、と聞いた時には。」
ミルクを注ぎながらマレーさんが話してくれた。
「いつ聞いたの?」
「ついさっきですよ。あ、そう、ディアナ様が考え事をされていて、皇子様がいらっしゃったとき。あら?さっき私お伝えしませんでした?
いやだわ、私、お伝えしたと思ってましたのに。」
ほほほ、と笑う。マレーさん、、、もっと早く教えてくれてたら、、
それでもきっと何も変わらなかったけれど。

「でも、皇子様は武術にも秀でていらっしゃいますし、皇子様の部屋まで来れる輩なんて、そういるものじゃないですよ?
安全だと思いますよ。遠征まで時間もないですし。
むしろ、急な遠征準備で皇子様が倒れられやしないか、心配ですわね。」
「うん・・。ほとんど部屋には戻れないだろうって皇子が言ってたよ。」
「まぁ・・・」

マレーさんはそのまま食べられる果物や飲み物をテーブルに残し、部屋から出て行った。
寝る準備を手伝うと言われたけれど、まだ皇子たちが起きているのに寝る気にはなれず、ひとりで大丈夫だから、と下がってもらった。

窓の外、夜が深さを増していくようで、星々のきらめきが増して見える。

時折、執務室のほうから何か聞こえるようだった。皇子の様子は気になったけれど、この部屋には浴室もトイレも、マレーさんの運んでくれた食べ物もあるので私がこの夜中、外に出なければならない用事は何もなかった。

浴室を借りて寝る準備をして戻ると、
フランツが窓辺に立ちじっと外を見つめていた。
「フランツ皇子?」
そっと声をかけると、フランツは振り返り、ふっと笑みを浮かべてみせた。
でも、疲れてるのかな?

「これから寝るところかい?ずいぶん遅くまで起きていたんだね。」
「だって。。」

皇子たちががんばっているときに寝ていられなくて、とは言えなかった。
「私のことは気にしなくていいから、しっかり休まないとだめだよ。」

近づいた皇子がそっと額に口づけをした。
もう、すぐに皇子は・・その胸をぐいと押し返そうとしたが、でも皇子の瞳がこの時間だからか、やっぱり疲れているように見えて、心配になった。

「皇子こそ、身体を壊さないようにちゃんと寝てね。ご飯も食べてね。」
皇子の掌が私の頭に軽くぽんぽん、とする。
微笑んでみせると、そのまま執務室への扉を開けて行ってしまった。

扉の足元からは煌々と明かりが漏れてくる。
それを見ながら、私は長椅子に横になって、そのまま眠ってしまっていた。


目が覚めたのは、鳥のさえずりとマレーさんの声が聞こえてきてからだった。


そんな風に、ほぼひとりで皇子の部屋で過ごし、たまに休憩なのか私の様子を見になのか顔をのぞかせる程度のフランツ皇子と言葉を交わし、長椅子で寝てしまうというのを2日過ごしていた。

遠征まであと1日、という時だった。