「フランツ皇子、ディアナ様をお庭にお連れするのでしたら、
念のため護衛を数人増やしましょうか?」

ディアナが寝室へ入ってしまってから、アイザックが声を掛けた。
「ああ、すでにウェルスターが手配をしている。
騎士団の中から数名が隠れて護衛につく手筈だ。
確認してみてくれ。」
アイザックは驚いた。

「かしこまりました。随分、お手配が早かったのですね。この外でのお食事にも何かあるのですか?」

フランツは椅子に腰掛け、驚いているアイザックに視線を向ける。
声音を落として話す。
「状況が変わった。」

アイザックが数歩フランツに近づいて耳をそばだてる。
「ディアナにはもっと表に出てもらう。王とこの国を救いに来た、青い玉を持つ伝説の『救い』として。詳しくは食事の時に。」
2人は扉のほうに向きなおった。

うす紫の美しい衣に身を包んだディアナが頬を染めて現れた。
デコルテに添って切り取られた肩もと、腕に添って
ゆったりとドレープを取られた袖、手首は絞られ、
その縁をビーズや刺繍が美しく彩っている。
胸元にもゆったりとギャザーが寄せられ、腰の部分は高い位置で絞られ、
腰にはきらきらと石が散りばめられた細い帯が巻かれ、
たっぷりとした、けれど薄い素材のスカートへと流れるように続いている。

「とてもきれいだよ。」
フランツが手を差し伸べる。

いつもいつも向けられるやさしいその瞳に、ディアナは安息と同時にときめきを抱かずにいられなくなっていた。

「こんな素敵なドレス、とても、素敵すぎて、、」
「ディアナ、きみの為に用意させたものだ。
とてもよく似合っているよ。」
フランツがディアナの手の甲に唇を押しあてた。
「美しすぎるくらいだ。」
くちづけは一瞬のはずなのに、くちづけられた部分が熱くなるような、
めまいがしそうな気がした。

「これをきみに返そう。」

そういうと、フランツはディアナの後ろに回り、
そっと青い玉のくびかざりを彼女の胸元に下ろした。
そうされている間、ディアナはフランツの香りに深く深く包まれているようだった。

「これは、、預けていた私の青い玉?疑いが晴れたのですか?」
玉をつなぐ部分が紐から金の鎖に代わっているが。玉は以前の青い玉そのままだった。

手に伝わってくるその存在をディアナは懐かしく感じた。
数日手放していただけなのに、やはりこうして触っていると
気持ちが落ち着いてくるから不思議だった。

「ああ、それについても、これからのことについても、食事をしながら話をしよう。」


ふわりと香りがゆれ、ディアナの腕はフランツの腕に重ねられた。

フランツの金色の髪が揺れるたび、彼の香りが降りてくるようで、
その横をひかれて歩くディアナはまたフランツの香りに包まれている感覚に陥った。頭の芯がぼーっとして、心がぽわんとしてくるようだった。

≪疑いが晴れたのなら、私は、、私の居たところへ帰れるのかしら。。≫

嬉しいはずなのに、もうフランツと居られないことが少しさみしいような気がした。
まだ『どうやって』帰るかもわからないけれど、こんなにさみしく感じるなんて思わなかった。。



フランツが連れていってくれた庭園は、城の敷地内にあるとても美しい庭園だった。
花々が咲き誇り、美しい緑、真ん中には噴水があり、小鳥たちが水を飲みにきているのも見える。
そのすぐ近くにドーム型の建物があった。周りをいくつもの美しい柱で支えられた
ルーフ付きの建物で、中には小さめの白いテーブルと豪華な座り心地のよさそうな椅子が2つ置かれていた。

噴水からの水音、小鳥のさえずり、風のささやき、あたたかな光が、
ディアナには懐かしく、心がおだやかさを取り戻していくようだった。

≪大丈夫。。私は私の居た場所へ帰ればいいだけのことよ。≫

噴水には白い竜の彫刻があり、大きく開いた口から
とうとうと水が流れ出ている。


席に着くと、すぐに食事が運ばれてきた。
「マレーに頼んでディアナが喜びそうなものを選んでもらったよ。
たくさん食べて。」
フランツは椅子をひいてディアナを座らせると、ディアナの向かいに腰を下ろした。
アイザックはそばで控えている。

あたたかなスープ、やさいとチキンのサラダ、木の実のパン、
他にも魚のムニエルやナッツと野菜のソテーなど、
どれもディアナが好んでいた食べ物だった。
フランツのやさしい眼差し、
≪もう帰るのに、こうしてると気持ちが揺れてしまいそう。。
、、だめだめ、ちゃんとしなきゃっ。。≫

スープをひと口飲むと、ディアナは思い切って口を開いた。
「さっきの『これからのこと』とは、どういうことですか?
私の、、居たところに帰れるということですか?」

フランツは金色の髪をゆっくり横に揺らした。
少し困ったというように眉根を寄せて見せる。
「まだ食事が始まったばかりだよ?もう少し、食べてからにしないか?」
フランツも美しい所作でスプーンを口に運んだ。
「実は朝から何も食べていないんだ。」
「まあ・・・。」
「だから、一緒にたくさん食べて。話はそれからだ。」
ウィンクが向けられた。

目の前のフランツが突然あんまりにお茶目でかわいく見えて、
ディアナは笑ってしまった。

≪フランツ皇子は、本当に人のこころを和ませるのが上手なのね。
皇子様ってどんなのか知らなかったけど、フランツ皇子はたぶんとても
あたたかい皇子様なんだろうな。≫
ディアナもスプーンを再び手に取った。
「はい、よろこんで。」


この、花がほころぶような笑顔がフランツは好きになっていた。
いつまでもこの花のような笑顔を見ていたかった。

食事はとても楽しく進んでいった。
フランツもディアナも、お互いのいろんな話をした。
王族の暮らしのこと、ディアナがずっと緑と湖に囲まれて暮らしていたこと。
他国へ行ったときのこと、鳥や魚を取る方法。
子供のように警戒することもなく、話して笑いあっていると
あっという間に食事の時間が過ぎて行った。

ナッツ入りの甘いケーキが出されたときだった。

「ディアナ、私は間もなく王位をついでこの国の王となるだろう。
だがその前に、現在この国と北方のシラー国との国境でくすぶっている火種を鎮圧し、戴冠式を迎えたいと思っている。
国境が不安定のまま王位につけば、その期に乗じて我が国を得ようとシラー国が攻め入ってくる可能性が高いからだ。」

フランツはテーブルの上に乗せた両手をそっと重ねあわせる。
瞳はディアナを見つめている。

ディアナは食べかけていたケーキを喉の奥に流し込み、フォークを置いた。
アイザックも静かに耳を傾けている。

「そのために、私はディアナ、きみにそばに居て力を貸してほしい。」
「私が?」
フランツは首を縦に頷いた。

「私がきみを初めて見たとき、私は『伝説の救い』だと言った。
それには何の確証があったわけではないが、私のなかの何かが、ディアナ、きみを守りたいと思ったから口から出たことだったと思う。」

「そして今、ウェルスターからの報告により、きみは我が国に存在していた記録がどこにも存在していないことがわかった。
他の国から来たのかもしれないし、連れられてきたのかもしれないが、我が国への通常の入国者としては記録がない。
記録がないということは、ディアナが異なる世界から来たかもしれないという可能性をウェルスターに認めさせることになったよ。」
フランツはやっと小さく笑みを漏らした。

そしてすぐにその笑みは去ってしまった。
うすい青い瞳が少しさみしそうにディアナには見えた。
「ディアナを、もと居たところへ返すと約束していた。
その時が来た。だが、、

だが、私たちには君がどこに居たのかもわからなければ、
どうやって返してやれるのかその方法も今はまだわからない。

帰す方法を探してみるし、外国にディアナの話したような場所がないか、
探させてみよう。だから帰してあげるのに、もう少し時間をほしい。」

ディアナは肩から力が抜けていくのを感じた。
「はい、、」
ふう、、どんなすごいお話かと思っていたから。
帰る方法、それはわたしにも全くわからないことだった。

ここに来たのもどうなってここに来ていたのか、青い光に包まれて・・気が付いたら
という状況だったから、今となっては、青い光に包まれる前に自分が何をしていたのかも
よく思い出せなかった。

「私もどうやってここに来たのか、よく覚えていなくて、だから、フランツ皇子たちが
方法を探してくれるだけでとてもありがたくて。。それに、私の疑いが晴れただけで
本当に、、よかったです。」

目の前のうす紫色の花がほころぶように笑顔を見せてくれる。
無邪気に安堵の表情を見せるディアナに、フランツは瞳を伏せた。

≪ディアナ、、私はきみを帰す方法がわからない今をこれほどよかったと思っているんだよ。。
きみを離したくない、その笑顔をそばで見ていたい、だからきみが帰れないでいることを
願ってしまう。きみは、いつか帰れることを信じているきみは、もし帰れるとなったら、、
私のそばに居ることを望んではくれないだろうか。。≫
食事中の会話、弾むような話がたくさんあふれていたが、
それらはディアナとフランツのこれまでの住んできた世界の違いを感じさせるものでもあった。


「そこで提案だが、まだしばらくこの国にディアナがいることと私が王になるために、ディアナに『伝説の救い』として私のそばにいてほしい。
ここ数日のようにきみを部屋に隠しているのではなく、私がシラー国境へ遠征に行くのに一緒に来てほしい。」
アイザックが目を大きくした。

「戦場から離れた、安全な城の中で私の帰りを待っていてくれればいい。」
突然の話にディアナはその先を待つ。「え、っと、、」

「『救い』としてのディアナから祝福を受け、私が紛争を制圧し帰還する。
現在、この国では私の弟皇子を王に立てようと企む者たちもいるが、
その勝利は、国民に伝説という神秘性も含めて私を王として迎え入れさせるのに充分な役割を果たすだろう。
まあ、伝説で民を誘導するなどしなくても、王として受け入れられる自信も、
この国を導いていく覚悟もあるのだが。」

フランツはあたたかい飲み物を一口、口にした。

「この話を知っているのは、他に私とウェルスターとレデオン卿だ。
我々がこんな手の込んだことをしようとするのは、弟皇子を王位につけようとする
ブリミエルらがいるためだ。私がシラーとの紛争を制圧するため、ディアナをこの城に置いて
シラーに向かってしまえば、ブリミエルらがディアナに何をしようとするかわからない。
恐らく、消そうとするだろう。
そして、私が不在の城で弟皇子を持ち上げるべく、その触手を伸ばそうとするはず。
だが、シラーとの紛争はもう一刻の猶予もない。」

ディアナは口元に手を当てた。
「ディアナが『救い』役をして民衆の目をディアナと私に向けさせておいてほしい。
そうすれば、救いであるディアナは私とともに遠征に行けるし、城に残ってブリミエルの手におびえることもない。
私にとっては、民衆の注目が私に集まっているなか勝利を収めれば、ブリミエルが他の継承者を担ぎ出そうが、王位継承は揺るがないものとなる。」

アイザックは深く頷いた。納得したようだった。
すっと片膝をついてフランツを見上げ、次にディアナへと視線を移した。
ディアナは二人から見つめられていてはっとなった。

すごい話が降ってきた。。
ディアナは何と言っていいかわからなくて、、、
ただ、ただ、、胸もとの青い玉を両手で握りしめていた。



≪国の為、王位の為。それも本当のことだが、、
私は、伝説を口実にしても、、ディアナ、きみを守りたい。≫