やっぱりその夜はなかなか眠れなかった。

皇子のやさしい唇の感触、そのまなざしが頭から離れず、胸が高鳴ったり、

『救い』という自分の『役目』はどこで果たせるのだろうと考えて、目が冴えてしまったり。。


・・・そして、そのまま夜が明けてしまった。。。




「まあ、ディアナ様、とても可愛らしいですわ!」
昼食会のため、朝からマレーさんによる身支度が進められていた。


「なんだか、、やっぱり少し、肩のあたりが出すぎてるような・・」

ディアナはすーすーする肩に手をあて、鏡に映る自分につぶやいた。

鏡の中には、それまでとは全く違う装いの自分がいた。

マレーがにこにこと満面の笑みで応える。
「そんなことありませんよー。とんでもない!もっとご自身のラインを強調して
注目を得ようとされる方々もたくさんいらっしゃいますのよ。」

ディアナは肩がぱっくり空いた、うすピンク色のドレスを着ていた。
それは幾重にもベールを重ねたような、花がひらいたように美しいドレスだった。

気恥ずかしさとともに、マレーが喜んでくれているのが嬉しいような気もしていた。
「ん・・でも、やっぱり何か羽織れるものがあれば・・」
マレーはそんなディアナの言葉には取り合わず、にこにこと他の準備に忙しそうに動き回っている。


初めてのドレス、普段のすとんとした服とはまったく違う恰好に緊張しているディアナ。
手に触れる布がとても薄く、やわらかで、頼りない。

「そうですわね・・」
マレーが思いついた顔でディアナに寄る。
「隠すとしたら、その腕の傷口のほうは、何かで目立たなくできればいいかもしれないですわね。」

右腕の傷はだいぶ良くなっていた。けれど、すっと大きく入った傷口は、その跡をしっかりと残している。
「そうですわ!いい考えがありますわ♪」

マレーは羽織りものは渡さなかったが、傷口を隠すのに、美しく部屋を飾っていた花々と布、アクセサリーで腕を覆ってくれた。それはまるで花の腕輪のように、右肩を彩ってくれた。

ディアナは鏡を見た。
鏡のなか、まるでそこだけ春が来たような、ピンク色の花がふわっとそこに咲いたような姿が映っていた。
だんだんと色を重ねるうすピンク色のドレスは、色味に変化が見えて美しい。右腕からは花の香りが広がってくる。


鏡にそっと触れる。。



「きれいだよ。まるで花の精のようだ。」

急に声がかかってびっくりして振り返る。
声の主はわかっているのだけれど。

フランツ皇子の姿がそこにあった。やさしく微笑んでいる。ドアに寄りかかり、こちらを見ている。
いつからいたのだろう。顔が熱くなる。

「マレーが支度が整ったと教えてくれてね。」


まっすぐディアナの前に歩み寄ってくるフランツは、今日は純白のマントを肩に羽織り、正装しているようだった。腰には剣をさし、その腰の位置がとても高い。
ディアナの胸がまたとくん、と音をたてた。

「お姫さま、お迎えにあがりました。」

すっと差し出された手のひら。


「お・・お姫さまって・・っ」
にっこりとほほ笑むフランツ。

「今まさに咲いた、花の精のようだよ、ほんとうに。
私のもとへ降りたった花のお姫さま、お手をどうぞ。」


もう耳まで真っ赤になって心臓があばれて、息がしづらいくらいなディアナだった。
頭がパニックを起こしそうなディアナの手を、フランツはさっととり、手の甲に唇をつけた。

そっと触れるような、やさしいくちづけをした。


「その花輪もとても似合っているよ。素敵だ。」
花の腕輪がディアナの白く透き通るような腕を
華やかに彩っている。

ほんのり赤く染まった頬、ふわっと香ってくる花の香り。

≪この子は、この昼食会でいやでも注目を浴びそうだ。
私の寵愛を受ける者というだけでも注目されるだろうに、
この花のような可憐さでは。周りが放っておかないだろう。≫


「マレーさんが、傷がみえないようにしてくれたんです。
皇子の大切な会で、大きな傷がぱっくりだと変な目で見られたらいけないから。」
「傷つけたこと、ほんとうにすまなかった。」
「あ、そんなつもりで言ったんじゃなくて・・」
「傷つけるつもりではなかったが、結果、そうなってしまったのは事実だ。」
「もう痛くないのよ。一応、見えない方がいいかな・・ってだけだから!」

私は右腕を動かしてなんでもないと笑顔を見せた。
皇子が切なそうな瞳をするから。
「こうして、、保護してくれて、信じてくれて、それだけでほんとうにありがたいことだと思ってるの。」
「ありがとう。もう誰にも傷つけさせたりしない。」
ディアナの胸がとくん、となってしまう。

「皇子は、・・私のこと、疑ったりしないのですか?」
思っていたことが口をついて出た。
皇子の口元がふっと上がるのが見えた。

「ディアナの身元調査は、ウェルスターが躍起になって進めているよ。
預かった首飾りについても詳しいものに調べさせている。

もし何か手がかりでもあれば、ウェルスターが飛んで知らせてくるだろう。
まだ今のところ、きみの故郷だとか探し人できみと特徴の似た娘がいたとの報告は
あがってきていないようだ。まだ何も手がかりがないらしい。」


皇子はそっとディアナの手をひいて扉のほうへと足を向ける。
手をひかれ隣に歩むと、まるで皇子の香りが降ってくるように感じた。


「私には、幼い頃から敵対する勢力、この国を陥れようとする勢力が常にあった。私は、私を陥れようとするものを許さない。私は皇子だ。王位継承第一位という立場もある。立場や環境のためということもあるが、そう簡単に人をそばに置いたり、心を許したことはこれまでにない。」
隣にいるディアナが目を丸くしている。
いつもほほえみを向けてくれているフランツがそんな風だとは思いもしなかったからだった。

扉の前でフランツが足を止めた。


「だが。ディアナ、君はこれまでの誰とも違う。きみの瞳を見たとき、私は何かを感じたんだ。それだけは確かだ。」
皇子の話しに聞き入っていたディアナは胸がきゅんとなった。


扉が開かれた。