「―― タイゲーム!」
不意に八百屋(やおや)のおっさんかと聞き違えるほど、大きな男の轟(とどろ)きに場の空気が両断される。
視線を一つ奥のテーブルにやると、そわそわした群がる客が騒がしい。
その中の一人で、安物のサンダルにヨレヨレのジャンパーを羽織ったおじさんが、耳まで紅潮していた。
どうやら、四回連続のタイゲームらしい。
視線を戻すと、我々の鉄火面ディーラーが三枚目のカードをプレイヤーに配る。
辻の手は幾分震えているようにも見え、今までになく大きく波打つ心拍は今にも暴走しだす勢いだ。
と、そのカードは、ハートのA だった。
プレイヤー三枚の合計は、1に確定。
バンカーに掛けた辻にとって、10と絵札以外なら負けはないが、それらがくる確率は高い。
嫌な予感に足首を引き込まれる辻。
「バンカーズカード」紺地に金糸のチェックのベストを着た女性ディーラーが、平坦な声で言う。
案の定、三枚目のカードはスペードの J だった。
タイ人客の多くは、連続してプレイヤーに掛けていたようで、野球場にでもいるかのような大きな歓声と笑顔がテーブルを支配する。
プレイヤー1、バンカーバカラ(0)でプレイヤーの勝ち。
客の笑顔につられた女性ディーラーが、わずかに口角をほころばせながら辻のチップを回収すると、周りにいた者はわざわざ辻に顔を向け哀れみの視線を与える。
そんな奴らの仕草など全く意に介さないというような態度で肩で切るように踵を返すと、一瞬、貧血のように力が抜けたかと思うと足がすくみ、その場に倒れそうになる感覚を辛(かろ)うじて踏ん張る。
覚めることない悪夢を見ていた辻は意識して視点を定め、重い足取りを引きずるようにやすとセイジを探した。