ようやく、勝ちを得た辻は安堵の中にいるはずなのに、しばらく、誰かが激しく内側から叩くような胸の高鳴りは収まらなかった。
バンカーが連続七回きて八回目にプレイヤーがきたことが、前の椅子に座っている女性客のスコアカードから見て取れた。
ずいぶん、続くもんだなぁと思いながら、その晩、辻はプラス1000バーツ(3300円)になったところで手仕舞いに。
小一時間だったが、カジノが精神的にこんなに疲れるものだとは夢にも思わなかった辻であった。
翌朝、三人は朝食の時間ロビーに集合し、やすの案内でカジノトロピカーナという別のカジノに向かった。
移動の車中、「昨夜、トロピカーナで80万バーツ負けてさぁ」とやすが100円玉を落として無くしてしまったような軽い口調で言う。
「80万バーツですか! 日本円で260万円じゃないですか!」
辻とセイジは、首根っこを前に突き出しその桁に目を丸くする。
まぁ、イタリアに別荘を買うくらいの人だから、そのくらいは大した金額ではないのかと辻は思った。
「でも、カジノ歴のトータルでは、まだ150万くらい勝っているんだけどね」
「ホントですか・・・。凄いですねぇ。今度、掛けているところ見せてくださいよー」セイジが疑ってかかるように迫る。
しかし、やすは、「俺は他人に見せない主義なんだ」といってそれを断った。
不満そうなセイジだったが、辻は、そんな人もいるだろうと疑わない。
疑わないというより辻は、些細な言葉のやり取りがやすとの関係を壊してしまうのではないかと無意識にそう振舞っていたのかもしれない。
そんな理由で、二人がやすの賭けを目にすることはなかった。