ふ~んというやすに、「習慣と言えばうちのオヤジ、メシの後に歯磨きするんですよ。信じられる?」とセイジは、非常識に同意を求めるような口調を皿の上に投げた。
食事を終え、宇宙をあしらった凝った造りの天井をしたカジノ場に向かうと、「二人ともウイスキー飲む?」とやすが尋ねる。
「無料なんですか?」
「無料だよ」
「それじゃ、頂きます!」
貧乏根性丸出しに後ろめたさを感じる辻とセイジをよそに、やすは、すぐ目の前のバーカウンターでウイスキーソーダー割りを三つ頼んだ。
二人がそれを飲みながら、他の客がバカラで賭けをしているのを後ろで立って眺めていると、やすは、ウイスキーを立て続けに二杯お代わり。
三杯目をもらいに行ったら断られたようで、ブツブツ文句を言っている。
さっき言い忘れたことを付け加えるよう、『タイ』という掛ける場所もあり、『プレイヤー』と『バンカー』の数が引き分けの時、8倍の配当がつくが、確率が悪いから掛けないほうがいいと、これから始めようとする二人にアドバイスを入れた。
勝気満々の二人は、やすをその場に置き、それぞれに勝負するテーブルを探す。
ルーレットやブラックジャックといったゲームもあったが、タイ人には、バカラの人気が圧倒的だ。
セイジがブラックジャックのテーブルに着いているのを遠目に見かけると、目の前にある緑のクロスが張られた扇型のテーブルは、すべての席が埋まるであと2つ空いている。
しかし、それらの椅子に座る気にはなれない辻は、席の後ろから半身乗り出し100バーツチップ一枚をプレイヤー側に掛けた。
「プレイヤー、ウィン」という無機質なディーラの声で気付くと、自分の掛けたチップが倍になって戻ってきた。
訳けが分からぬまま、ほん20秒で100バーツ(330円)稼いだこの現実に、嬉しさというよりも、叩(たた)くように強く心拍する胸の鼓動をずっと感じていた。
犯罪を犯しているような罪悪感にも似た緊張とギャンブルに身を置く高揚感は、この手にした色鮮やかなチップの表裏に等しかった。