自分を捨てた母親に会った事で、瑛斗の状況は何ら変わりがない。

戸惑いや困惑はもちろん芽生えたけれど、一瞬のものだった。

きっと今の自分が満たされているかもしれないと、帰りの飛行機の中で瑛斗は思った。

空港で今から帰ると伝えると向日葵は空港に迎えに行くと言った。

日本に着くのは深夜になるからいいと言っても断固として、向日葵は行くと言って聞かなかった。

もう直ぐで日本に着く。

たった一カ月なのに、もう一年も会ってないみたいな気持ちになる。

スピードも決まってるのに、もっと早く飛んでくれないかと思ってしまう。

ただ、ただ彼女に会いたい。

会ってこの手で向日葵を抱き締めたい。

日本に着けば二日間の休みが貰えた。

この休みで、瑛斗は向日葵の全部を愛そうと決めていた。

我慢にも限界が来ていた。

健全な男の子なのに、自分でも本当に我慢したと、自分で自分を褒めてやりたい気分だった。


日本に着くと荷物を杉本に任せ瑛斗は出口に向かった。

出ると直ぐに向日葵が笑顔で立っているのが見えた。

何処で知ったのかチラホラ、ファンの子が見えた時には囲まれてしまっていた。

向日葵は何も言わず微笑み頷いた。

杉本が瑛斗の背後からやって来て、瑛斗を通り過ぎるとそのまま向日葵の元に歩いて行く。

「ひまちゃん、これお願い。」

杉本は小さな荷物を向日葵に渡した。

困っている向日葵に「ひまちゃんは仕事関係者でしょ!?」と耳打ちした。

向日葵は杉本の考えに気付き荷物を受け取った。

杉本はファンから瑛斗を引き離すとタクシーの乗り込んだ。

後部座席に瑛斗と向日葵が乗り、助手席に杉本が座った。

「おかえりなさい。」

「ただいま。」

二人はバックミラーに写らない様に、そっと手を繋いだ。

「瑛斗、このまま家に直行するか?腹は?」

「う〜ん…向日葵いい?」

「うん、いいよ。」

「じゃ食べて帰る。」

「わかった。じゃ電話してみる。」

杉本はよく利用する店に電話をし部屋の予約をした。

「OK。予約取れた…運転手さん、行き先変更して…◯◯に行ってくれ。」

「はい。」


食事を終え家に着いたのは朝方5時になろうとしていた。

「ふぅ久しぶり…。」

リビングに入りソファーに座ると瑛斗は伸びをした。

「お茶淹れようか?」

「ううん、いいや。それより…。」

瑛斗は自分の隣をポンポンと叩き座るように促した。

向日葵は頷くと、瑛斗の隣に添うように座った。

「瑛斗さんの温もり…久しぶりだ…。」

その言葉に瑛斗は微笑んだ。

「向日葵…今日、一緒に寝ないか?」

「えっ…。」

向日葵は瑛斗にもたれ掛かっていた体を起こした。

「ダメ?」

「…それって…?」

「うん、向日葵の全部を俺のモノにさせて。」

瑛斗の指が向日葵の頬に触れる。

向日葵は条件反射の様に後ろに体を、逸らした。

「嫌?」

「嫌…じゃない。けど、怖い。」

「その怖さも俺が受け止めるから…受け止めさせてくれないかな?」

「いつもの瑛斗さんじゃない…。」

「向日葵の思う俺は、どんなの?好きな女に何もしないでいるのが一番なの?」

「そんな事…。」

向日葵は瑛斗から目を逸らした。

「瑛斗さんは待ってくれるって言った…。」

「じゃ、いつまで待てばいい?」

「そんな事言われても…」

向日葵の目に涙が滲んで来たのを見て、瑛斗は折れることにした。

「わかった。待つよ…。」

向日葵の弾けそうな笑顔が好きな瑛斗にとって泣かれる事は痛い。

「ごめんなさい…。」

「いいよ。じゃハグだけ…。」

瑛斗は大きく両手を広げた。

向日葵は瑛斗の腕の中にすっぽり収まった。

「これで我慢しとくよ。」

そう言って瑛斗は向日葵の頭を撫でた。


向日葵は性欲というものがイマイチわからないでいた。

瑛斗の事を好きかと聞かれたら好きだと答えれる。

触れていたい。

触りたい。

触ってほしい。

そう思うことはあっても、その先を想像する事ができない。

自分は経験がなにもない。

全てが瑛斗に教えられた事ばかりで心も頭も、ついて行くのが精一杯の一年だった。

なのに、帰って来た瑛斗を見て今までとは違う感情が湧いていた。

それの正体もわからないまま、整理出来ないまま瑛斗に求められ拒否するしかなかった。

経験がなくとも、知識がないわけじゃない。

だから、尚更その先に恐怖が芽生えてしまう。

恐怖だけじゃない。

期待や好奇心もあるけれど、恐怖が勝ってしまう。

この気持ちを瑛斗に伝えればいい事もわかるけれど、恥ずかしさがそれを阻止する。

結果…また瑛斗を困らせ悲しませてると思った。

それに瑛斗の過去に囚われてもいた。

自分は経験のない女で、瑛斗は経験がある。

この一年、何度も考え思っては、無駄な事だとわかっていながらも、瑛斗の過去にがんじがらめにされていた。

このままでいい訳がない。

自分自身、本気でその事に向き合わないといけないと向日葵は思った。