言うや否や銃声音が鳴った。棚の上に置いてある花瓶や硝子窓が音を立てて割れる。なにもかもが壊れていくような凄まじい音だった。耳から傷口をかけるような鋭い痛みだった。桐野は無我夢中で須田を抱きしめていた。後少しでも気づくことが遅ければ二人とも蜂の巣になっていただろう。硝子の破片が頭上にふりかかる。まだ銃声は止まない。その時桐野は廊下から近づいてくる足音を聞いた。桐野の顔色が青く染まる。扉の上にある小さな二重窓から覗く二つの影。まずいと思った。

ずきりと痛む傷口にぬるりとまた染みをつくる赤い色。須田は耳を覆いながらはっと息を飲んだ。その血は自分ではなく桐野の血だったからだ。けれど今彼はそれどころではなかった。そのことは須田も後から知る。

ぴたりと突然銃声音が止んだ。二人は驚いて互いに目を見合わせる。さっきまであんなにうるさかった銃声がぴたりと止んだのだ。なぜと須田と桐野は思いつつ互いに身を起こしかけたときだった。騒音を聞きつけた看護婦と医師がこんこんと扉のドアを開ける。そして、また一発の銃声があがった。

「桐野さん!他の患者さんに迷惑が…」

赤い色が血飛沫のように飛散っていくのが見えた。

「伏せろ!」

桐野は須田にそんな残忍なものを見せないように目を覆う。しかしもう遅かった。見てしまった。赤い色が肌を破って飛散る様を自分は見てしまった。叫び声も出せないまま、何も知らないまま人が死んだのだ。関係のないものが、自分達のせいで。須田はかたかたと身を震えさせる。それを感じた桐野はきゅっと彼の体を抱きしめていた。自分だってこんなものは見たくはない。直視するだけでも苦い過去が頭をよぎる。泣いている自分が見えてくる。
銃声がまたぴたりと止んだ。しかし先ほどのこともあって、すぐには起き上がらなかった。かたかた震えた須田を腕に、ある小さな音が鳴った。それは携帯電話の着信だった。しかしその音は自分のものではない。須田も否定する。

「一体どこから…」

一番強く音がするのは自分が寝ていたベッド周辺。須田がベッドの下を見るとガムテープで固定された携帯電話がそこにあった。おそらく犯人からだろう須田は警戒心を強めて電話にでる。