「悪夢だわ……」

 ボソッと呟いてベッドからもそもそと起き上がり、猫背気味に台所へ向かう。

 ミルクパンに牛乳を注ぎ、コンロにセット。お気に入りのマグカップにインスタントコーヒーの粉を入れてお湯を注ぐ。

「あーぁ、コーヒーメーカー欲しいなぁ。前にあったのは美奈子が持ってっちゃったし……。大体、あれって二人でお金出し合って買ったのに、何で美奈子が持ってくのよ」

 ぶつくさと文句を言いながら煎れたカフェ・オレはすっごく苦そうな色でマグカップを満たす。

 オーブントースターで軽く焼いたクロワッサンと冷蔵庫にあった残り物の野菜で簡単なサラダ。これで朝食の完成。スクランブルエッグか目玉焼きが欲しいところだけど、お給料が入るまでは慎ましく、極めて慎ましく過ごさなければ。

 クロワッサンをもくもくと食べながら、私は台所の右手奥にある部屋のドアを恨めしそうに見つめる。

 そこは先月の末までルームメイトの美奈子の部屋だった。今はもう主のいないからっぽの部屋。――そう、それが私のボンビーガール生活の始まりだったわけ。

「結衣ちゃん、部屋探してるの? もし良かったらルームシェアしない? 一緒に住んでたコが地元に戻っちゃってさ。今、ひと部屋空いてるの」

 行きつけの喫茶店でアパート探しの情報誌を見ていた私に声をかけてきたのが、その店でウェイトレスのバイトしていた美奈子。
 目を見張るほどの美人と言うわけではないのだけれど、持ち前の明るさと屈託のない笑顔、物怖じしない性格が魅力的でこの店の看板娘になっていた。

 彼女は小さな劇団の劇団員で、時々公演のチケットを買わされたりする程度の間柄だったけど、その時の私は正に『溺れる者は藁をも掴む』状態。今すぐにでも今の部屋を引っ越したかったから、彼女の申し出にがっつり食いついたのですよ。