「まったく……子供みたいに……」

 鳳也さんの姿が見えなくなってから、桜子さんはそう言うともう一度大きなため息をつく。そして息を吐き出した後で、吹っ切るように弾みをつけて顔を上げると、私に艶やかな笑顔を向ける。

「ごめんなさいね、結衣ちゃん。うちのバカ息子が」

「い、いえ……、なにか事情がおありのようですし……」

 相変わらず桜子さんが鳳也さんのことを息子っていうのには違和感があるけれど、去って行く鳳也さんのことを見ていた桜子さんの表情は間違いなく『お母さん』のものだったので、桜子さんは究極の美魔女っていうことで無理矢理な感はあるけれど納得してみる。

「結衣ちゃんの方も、色々事情がおあり?」

 リクルートスーツ姿の私を頭の先から靴の先までじっくりと見た桜子さんがそう言った途端、私の頭の中に『面接』の二文字が日本海の荒波をバックにして岩場で水しぶきをあげている光景が劇的なBGM付きで浮かんできた。

「面接っ……! もう間に合わないよね……」

 がっくりと地面に両手と膝を付きたい気分。
 確かに、面接よりも夢の中のイケメンを取ったのは自分だけれど……、その結果がイケメンに「馬鹿!」と罵られることだったってのは想定外すぎる。
 もしかして、もしかしたら、今日の面接受かったかもしれないって思うと、本当に自分の馬鹿さ加減に泣けてきちゃう。

「就活? イマドキの学生さんは大変みたいねぇ」
「はい……。その上、今住んでるアパートももうすぐ追い出されちゃうんで……。もう藁にでもすがりたい気分です」

 桜子さんのため息を3回分くらい合わせた大きな大きなため息をついた私に、桜子さんはいたずらっ子のような笑顔を見せ右手を高く上げながらこう言った。

「はーい。ここに藁、ありますよー」
「え?」

 弾かれたように桜子さんを見た私に、桜子さんは牡丹の花のように艶やかに笑ってみせる。

「住み込み、三食付き。仕事の経験不問。即日雇用OK。今すぐ働ける明るく楽しい職場でーす。――そして、気になるお給料は……これでどう?」

 どこから取り出したのか電卓をパパッと手際よく操作して、水戸のご老公様の紋所のように文字盤を私の顔の前に向けた桜子さん。

 その金額は住むところの家賃差し引き前だとしても、すっごく魅力的な金額で。

 これまでの一連の流れから考えると、絶対普通の職場じゃないってわかる。

 でもでもっ! 『溺れるものは藁をも掴む』

 そんな今の私の出す答えは『YES』しかなかった。