「安曇! 思い出したのか?」

 私の肩をがっちりと掴み、鳳也さんが詰め寄ってくる。

 すごく、すごく嬉しそうな顔をしている鳳也さんには申し訳ないんだけれど……、安曇って誰なんだろう? 
 もしかして、鳳也さん、人違いしてるのかな?

「あ、あの……、私、結衣です。呉地結衣。安曇って人じゃないです」

 恐る恐る私がそう言うと、鳳也さんの表情がみるみるうちに変わっていくのがわかった。
 心持ち上がった目尻に、きゅっと噛んだ下唇。――これ、怒ってるよね? 完璧怒りモードだよね?

 鳳也さんは突き放すように私の肩から手を離すと、そのまま右手の人差し指をビシッと私に向けて言った。

「馬鹿か、お前は! やっと生まれ変わったってぇのに何で前より鈍くなってんだ! あの時のお前の言葉は嘘だったのかよっ!」

 えぇええっ。

 いきなりそう捲し立てられて私は泣きそうになってしまう。生まれ変わり? あの時の言葉? なんのことなのか全然わからないんですけどっ。

「鳳也! 言い過ぎ」

 激怒モードの鳳也さんと半泣きの私の間に入ってきてくれたのは桜子さん。
 前髪をかきあげ、やれやれといったようにため息をついた後にこう言った。

「それに、『覚えてない』じゃなくて、『思い出したくない』ってこともあるでしょ?」

 杏花さんの言葉に鳳也さんはハッとしたような表情を見せてから、改めて私をじっと見つめる。――あ、まただ。あの今にも泣き出しそうな子供のような顔……。

「――すまん」

 俯いたままそう小さく呟くと、鳳也さんは踵を返し大通りに向かって走り去ってしまった。