――あれ?

 私は自分の頬に涙が伝っていくのを感じて戸惑ってしまう。
 なんで泣いてるんだろう? 私。

 お化けたちが消えて安心したから? 

 ――ううん、違う。そうじゃない。
 こうして鳳也さんに抱きしめられているのが、すごく懐かしくて、嬉しくて、それでいて悲しくて……。


 どうしてそんな気持ちになったのかはわからない。
 わからないけれど、きっかけになったことはハッキリしている。

 鳳也さんが『安曇』と言った瞬間。その時に私の中の奥で何かが弾けたような気がしたの。

「鳳也さん……」

 魑魅魍魎が消え、何事もなかったかのように静かに佇むアパートの前で私が振り返るようにして鳳也さんに声をかけたその時、一階の部屋の玄関のドアが開き、中から私と同じ年位の青年が出てきた。

「!?」

 玄関に鍵をかけ振り向いた瞬間、彼が声にならないほど驚いて凍りついたのも無理はない。

 自分の進行方向に、男に抱きしめられているリクルートスーツの就活女と、その横にタイトなスカートからすらりと伸びた美脚を大地をしっかり踏みしめるように開き、がっしりと腕組みをしているモデルばりの美女がいたら……、そりゃ何事かとビビるよね。

 青年はしっかりと間合いを取りながらほぼ横這いになって私たちの側を通り過ぎ、そして一目散に大通りに向かってダッシュしていった。……彼にとっては今の私たちが魑魅魍魎みたいなもんだよね……。

 ふと、私を抱きしめていた手が緩み、鳳也さんが肩を掴んで私を自分の方へと向かせた。初めて間近に正面から鳳也さんと視線を合わせた私は、さっきまでの穏やかな気持ちはどこへやら、またまたドキドキに襲われてしまう。

 ――だって! 夢で見たときは顔が良く見えていなかったから妄想で補っていたんだけれど、その妄想を遥かに超越して鳳也さんってばイケメンなんだもん。こんなに澄んだ目に私なんかが映っていいのかと不安になっちゃう位。

「安曇……」

 形のいい唇から、高くもなく低くもなく耳に心地いい響きの声が私に語りかけてくる。
 その表情は今までのポーカーフェイスとは違って、どことなく悲しげでもあり、嬉しそうでもあり……、そう小さな子どもが泣き出す前のような表情をしていた。

 私の頬に伝った涙の跡を見とめた鳳也さんの顔が一瞬明るくなったような気がした。