「……ほら。そうやってまた僕を煽る」

「え、わ、わわ私、そんなつもり、全然!」

「無自覚が一番罪ですから、お仕置きです。……ほら、今度こそ、目を閉じて」


優しく諭すようにそう言われて、私はどうしてか逆らえなかった。

再び彼の顔が迫ってくるのを感じて、そっとまぶたを閉じる。

ちゅ、と優しく唇があわさって、離れたと思ったら、またかぶせられて。

何度も、啄むように、彼の唇が私のそれを挟み、その心地良さに身を委ねる。

言葉の代わりに、こんな甘いキスをくれる……ってことは。

……私、あなたを運命の相手だと思ったままでいいの?

胸の内でそんな問いかけをしていると、社長の濡れた唇はゆっくり離れていく。

妖艶な吐息をこぼしてから口を結んだ彼は、私を抱き起して、乱れた髪に指を通して整えてくれた。

その間中、熱に浮かされたような顔をしていた私に、彼が真剣な眼差しで語りかける。


「今のキスが、遊びだったと思いますか?」


私は俯いてしばらく悩み、それから小さくかぶりを振った。それを見て、社長はふっと微笑む。

彼のきめ細やかな白い頬に笑窪の現れる、あの無防備な笑顔だ。


「……よかった。わかってくれて」


ほっとしたように呟いた彼に、きゅう、と胸が鳴る。

……いい加減なことを言われたら、怒ってやるって決めていたのに。

キスで丸め込まれてしまったうえ、ますます彼に惹かれていく自分を止められない。


「許嫁のことはいずれなんとかしますから、もう気に病まないで下さい」

「……はい」


彼の言葉に素直に頷きつつも、私は困っていた。


だって……どうしよう。

華乃は“静也さんを譲って”と言っていたけれど。

私、そんなこと、全然できそうにない――。