呆然と立ちすくむ詩織の足元を見たら、靴が片方脱げていた。そうだった。詩織の靴を拾わなければ。詩織の、赤い靴を……

 俺はよろよろしながら歩き、詩織の靴を拾った。なぜよろよろするかと言うと、フラッシュバックに襲われているからだ。まるで走馬灯のように、次々と脳裏を過って行く映像の数々に、俺は目眩さえも覚えていた。

 詩織の前に彼女の靴を置き、詩織がそれを履きやすいように、俺は詩織の腕を掴んだ。まるで少女のそれのような、細くて華奢な詩織の腕を……


「おにいちゃん。もしかして……」

「違うだろ、詩織」

「え?」

「“おにいちゃん、ありがとう”だろ?」


 詩織は、目を大きく見開いた。そして、瞬く間にその目が潤みだした。


「思い出してくれたの? 私の事……」

「ああ、思い出した。全部、はっきりとな」

「おにいちゃん!」


 詩織は俺に抱き着き、俺も詩織をギューッと抱き締めた。


「ごめんな? おまえの事、忘れちまって」

「ううん、いいの。思い出してくれて、それだけで私は嬉しいの。夢みたい……」

「夢かあ。そう言えば、俺の夢はSEになる事だって、言ったんだったな?」

「うん。だから私、一生懸命勉強してSEを目指したの。おにいちゃんを探す手掛かりが、それしかなかったから」

「ずいぶん無謀な事をしたな?」

「だって、母が死んで、私の生きる意味って、おにいちゃんを探す事しか無くなっちゃったんだもん」

「そっか。俺達、似た者同士だったんだよな? だから、河原でよく一緒にいたんだよな?」

「うん。おにいちゃんは優しくて、私の話をちゃんと聞いてくれて、すごく嬉しかった。私の楽しかった想い出って、あの頃だけだと思う」

「俺だって、チビのくせに聞き上手なおまえに、どんなに癒されたか……」