小島は、俺に殴られた頬を手で押さえながら、早くも涙目になっていた。そして、信じられない、とでも言わんばかりの顔をしており、もしかすると、人から殴られたのは今のが初めてかもしれないなと、俺は思った。

 そう言う俺も、人を殴ったのは今のが初めてだ。以前から、小島の事は一度殴ってやりたいと何度も思い、それをしたら、さぞやスッキリするだろうと思ったものだが、いざしてみたら、スッキリどころかあまり気分のいいものではなかった。拳は痛いし。


「よく聞け。今後、詩織を侮辱する事は俺が許さない。それと、詩織には指一本触れるな。バカなおまえには理解出来ないようだが、俺は本気で詩織が好きだ」

「こ、こんな事して、タダで済むと思ってるんですか?」

「さあな」

「会社にバラしてやる……」

「好きにしたらいい。恥をかくのは、おまえの方だと思うがな」


 と言ってから、俺はある事を思い出し、小島に鎌をかける事にした。


「ああ、そうか。また怪文書か。今度はばら撒くのか?」

「な、何の事か解りませんね」


 小島の目が泳ぐのを、俺ははっきりと見た。どうやら、野田の推理は正解だったらしいな。


「依田の件さ。あんな事が出来るのは、おまえぐらいしかいないからな」

「何言ってんですか。あのバカ女はパスワードをキーボードに貼り付けてたんだ。誰でも出来ましたよ」

「あはは。おまえ、簡単にボロを出したな?」

「え?」

「俺は“依田の件”としか言ってないのに、女だとかパスワードだとか、ペラペラと……」

「き、聞いたんですよ。依田がメールであんたの誹謗中傷をしてて、それを誰かがプリントアウトしたって……」

「ほお、誰から聞いた? それを知ってるのは、俺と依田と、怪文書を作ったやつだけなんだけどな」

「うっ。しょ、証拠はあるんですか?」

「ないよ」

「なんだ。だったら意味ないじゃないですか。みんなに言ったら、名誉棄損で訴えますよ」

「そんな事はしないから安心しろ。その代わり、もう一度おまえを殴りたくなった」


 俺が右手で握り拳を作って見せると、小島は顔を手でパッと覆い、「ちくしょう!」とか言って逃げて行った。

 そんな小島の後ろ姿を見ていたら、またフラッシュバックが……


「小島!」


 俺は大声で小島を呼び止めた。そして、立ち止まった小島に向かい、叫んだ。


「もう弱いものいじめすんなって、言ったよな!?」と。


 小島はゆっくりと俺を振り向き、目を丸くして驚いていた。そう言う俺も、小島に負けないぐらい、驚いていた。そして……

 俺の後ろにいた詩織が、ハッと息を飲むのがわかった。