「迷いはなくなった?」

「ああ、なくなった」

「そっか。じゃあ、いいクリスマスになりそうね?」

「クリスマス?」

「そうよ。明日はクリスマスイブじゃない。忘れてたの?」

「あ、ああ。実は……」


 そうか。明日はクリスマスか。ちょうどいいかもだな。明日、俺は詩織に言おう。結婚しようって。


「そう言えば、野田は今年も行くのか? 歌を聴きに……」

「第九でしょ? 行くわよ、もちろん」


 野田は毎年、クリスマスには第九を聴きに行ってるらしい。昔は俺も誘われたものだが、そういうのは苦手で行った事はなく、従ってもう誘われる事もなくなっていた。


「そっか。ちょっと早いが、俺は帰るよ」

「そうね。詩織ちゃんが待ってるもんね?」

「お、おお」

「私も帰るわ。じゃあ、雅彦さん。明日は遅れないようにね?」


 ん? 雅彦さんって……?

 野田は立ち上がりながら、マスターに向かってそう言ったように聞こえた。


「はい。恵子さんも、寝坊しないでくださいね?」


 恵子さん、だあ?

 マスターは野田にそう言い、赤い顔をして微笑んでいた。


「お、おまえ達って、いったい……」

「マスターの名前は雅彦さんって言うのよ。知らなかった?」

「知らなかった」

「そしてね、なんと私達と同い年なんだって」

「えー? 嘘だろ?」


 マスターは、てっきり50過ぎだと思っていた。


「お髭と白髪のせいで老けて見えるけど、そうなんだって。でね、明日は雅彦さんと第九を聴きに行く事になったの」

「へえー。でも、マスターは店があるんじゃ……」

「昼の間に行くのよ。私は休暇を取ってるの」

「また半日休か?」

「違うわよ。普通に休暇。これからは私もバンバン休む事にしたの」

「なるほどね……」


 そうか。野田が前を向くって言ったのは、そういう事かもしれないな。


「明日の夜さ、よかったら詩織ちゃんと一緒にここに来ない?」

「おお、そうだな。おまえにいい報告が出来るかもしれないしな」

「でしょ? 楽しみだわ」


 野田と別れ、駅への道を歩きながら、俺はクリスマス用のイリュミネーションを眺めた。昨夜までは、むしろ鬱陶しいとさえ思ったそれが、今夜はやけに綺麗に思えた。

 今まではクリスマスに特別な思い入れはなかったが、今年は全然違ったものになりそうだ。生涯忘れえない、想い出のクリスマスに……