「おまえ、何言ってんの?」

「ほら、また恐い顔する…… ここの皺が深くなっちゃうよ?」


 詩織はそう言い、細い指を伸ばして俺の眉間をグリグリとした。つまり、俺が眉間に皺を寄せてるって事らしい。自分では知らなかったのだが。


「普通にしてたら綺麗な顔してるんだから、もったいないよ」

「綺麗な顔とかハンサムとか、意味わからないんだけど」

「え? おにいちゃんって、自覚ないんだ?」

「そんなもん、ねえよ」

「そうかあ。じゃあ教えてあげる。おにいちゃんはね、すっごい素敵なの。若いし……」

「ちょっと待った。今、若いって言ったか?」

「うん。でも、見かけだよ? 見かけが若いって事。30歳そこそこって言っても、通るんじゃない?」


 一瞬嬉しくなったが、騙されてたまるか。俺はあの時の事を、しっかり覚えてるんだからな。


「おまえさ、いい加減な事言うなよな?」

「え?」

「おまえ、俺の歳をぴったり当てたじゃないか。入社した日、寿司食った後に」

「そうだっけ?」

「惚けるな。俺は自分じゃ若く見えるって思ってたから、あれはかなりショックだったんだぞ」

「あれは違うのよ」

「何が、どう違うんだ?」

「それは、その……」

「まあ、いい。それより、俺にも反論させてくれ」

「え?」


 さっきから詩織に説教されてるみたいで肩身が狭かったが、俺にも言いたい事があるんだ。大した事じゃないが。


「詩織は、俺がおまえの脚の事で、過保護にしてくれるなって言いたいんだよな?」

「うん」

「それは解った。気を付けるよ。でも、気遣いはするからな? それをしなきゃ、人間じゃないから。はっきり言うけど、おまえは脚が不自由だから、歩くのは苦手なはずだ。長く歩くのは辛いだろうし、階段の上り下りも大変だと思う。座ったり立ったりもだし、他にも俺が気付かないだけで、大変な事があるかもしれない。
 だから俺は、これからもエスカレーターやエレベーターを探すし、場合によってはタクシーを使うし、テーブルは使えるようにするし、椅子を用意するし、必要ならお姫様抱っこもするし、そういった気遣いはするよ。いいだろ?」

「う、うん」

「要するにさ、お互い自然体で行こう、って事かな」

「そうだね。そうしてくれると私も嬉しい。それと、さっきのシーツ。私が洗うからね?」


 う、それもバレてたのか……


「いや、俺が洗う。この家の洗濯物を俺が洗うのは、おまえを甘やかす事にはならないだろ?」

「違うの。そういう事じゃないの。だって、恥ずかしいんだもん。あなたが起きたら、そっと洗濯するつもりだったのに……」

「そ、そっか。悪かった」


 という事で、俺達はここで一緒に暮らす事になったんだ。