「おにいちゃんってさ、私を見てる人がいると、恐い顔でその人を睨みつけるでしょ? あれはやめてほしいの」


 ああ、それかあ。でも、それは……


「悪いけど、それは出来そうもないな」

「どうして?」

「そりゃあ、向こうが悪いからさ。無遠慮に人の事をジロジロ見るような奴は、許せないんだ」


 会社の中でも、あるいは外でも、詩織と歩いていると、詩織の足元をジッと見る奴とか、案外女に多いのだが、ご丁寧に詩織の足元から顔まで、値踏みでもするかのように眺める奴が時々だがいる。

 そんな奴を見ると俺は心底腹が立ち、そいつを睨みつけてやるんだ。そうすると、奴らはばつの悪そうな顔をして行ってしまうのだが。

 それを詩織はやめろと言うが、無遠慮と言うかマナーがなってないと言うか、そういう奴が世の中にいる内は、無理だと思う。


「慣れてよ」

「え?」

「おにいちゃんには経験がないから無理ないと思うけど、私はそういうのは慣れてるから、おにいちゃんにも慣れてほしいんだ」

「おまえ、悔しくないのか?」

「悔しくないよ。と言うか、そう思わないようにしてる。だって、きりがないし、第一、その人がどんな気持ちで私を見てるかなんて、解らないもの」

「と言うと?」

「ん? 例えばだけど、“この子、可愛いな”って思ってるかもしれないし……」

「へえー。おまえ自分が可愛いって、自覚してんだ?」

「ち、違うよ。例えばって言ったでしょ? そんな事、思ってないよ」


 詩織は顔を真っ赤にして目を泳がせた。ま、これだけ可愛い顔してんだから、自覚するのは当然だけどな。


「うん、確かにそういう可能性はあるな?」

「私だって、例えば車イスに乗ってる人を見る事あるもん。もちろんバカにしたりとかじゃなくて、大変だなあとか、大丈夫かなあとか、漕ぐの速いなあとか、色々な事を思って。たまにその人から睨まれちゃうけど、悲しくなる。そんなつもりじゃないのにって言いたくなる。言えないけど」

「なるほどね……」

「それにさ、せっかくのハンサムさんが、台無しだよ?」

「はあ?」