「おにいちゃん?」

「ん?」


 なんか俺、その呼ばれ方に慣れてきたかも。


「これから一緒に住むにあたって、ひとつだけお願いがあるの」

「ほお。それは何だ? 何でも聞いてやるぞ」

「もう、おにいちゃんったら…… ある意味、それを止めてほしいの」

「それって?」

「私を、甘やかさないでください」


 詩織はまじめな顔になり、そう言ったが、俺には何の事かさっぱり解らなかった。

 実際のところ、詩織はめちゃくちゃ可愛いから、俺が甘やかしても無理はないと思うし、むしろそうしたいぐらいだが、今のところ詩織を甘やかした覚えが俺にはなかった。


「甘やかしてなんかないぞ。まだ」

「おにいちゃんは無意識なのよね。優しいから。でも、優しさって時々残酷な事もあるって、おにいちゃんは知らないでしょ?」

「ん……難しそうな事を言うんだな。第一、俺は優しくなんてないし。もっと解りやすく言ってくれないか?」

「わかった。例えばさっきのコーヒー」

「コーヒー?」


 コーヒーが何だってんだ? もしかして、俺がフーフーして飲めって言ったあれか? でもあれは昨夜であって、さっきじゃないしなあ。


「おにいちゃん、“俺が運ぶ”って言ったでしょ?」

「えっと、そうだったかな」

「私が転ぶかもって思ってでしょ?」

「それは……」


 こいつ、鋭いなあ。確かにその通りだ。詩織は両手にマグカップを持ってたから、もしよろけたら支える手がないわけで、危ないと思ったんだ。


「私、変な歩き方しか出来ないけど、これで32年歩いて来たのよ? 自信がないなら、カップをひとつずつ運ぶわ」

「あ、確かに……」

「テーブルの事もそう」

「え?」


 今度はテーブル? それって、何だっけ?