「嫌ですか?」


 詩織は俺の沈黙を困惑と受け取ったようだ。確かに俺は困惑していた。そして、猛烈に反省もしていた。野田と同じ失敗を、また繰り返してしまった事に……


「嫌なわけないだろ?」


 そう。嫌じゃない。むしろ嬉しいさ。愛しい詩織と、いつも一緒にいられるんだから。毎晩、とまでは行かないとしても、詩織を何度も抱けるんだから。しかし……


「じゃあ、いいんですね?」

「狭いから……」

「大丈夫ですよ。ここなら」


 あ。そうか。昨夜詩織がここに来た時、“ここなら……”って呟いたのは、その事だったんだな。という事は、詩織は最初から考えていたわけだ。俺との同棲を。

 俺は、思い出すのも嫌な過去を、詩織に話す事にした。そうしないと、詩織に解ってもらえないと思うから。


「俺さ、結婚する気はないんだ。誰とも……」

「え?」

「恥ずかしい話なんだけど、前に結婚を考えてた彼女がいてさ、少しの間だけど、ここで一緒に暮らしてたんだ。ところが、その女は他の男と二股しててさ、結局はそっちの男を選んで出て行ったんだ。
 俺はそれ以来、女を信用出来なくなった。その後、今度は会社の部下に裏切られてね。そっちは男だが。結局、人間全部を信用出来なくなったんだ。と言うより、信用しない事に決めたんだよ。あんな惨めな思いは、二度としたくないから。

 だから、悪いけど……」


 俺はずっと下を向いていたから、詩織がどんな顔で俺の話を聞いていたかは分からない。泣き虫なやつだから、きっと泣きそうな顔をしてるんだろうな。そう思っておもむろに顔を上げたのだが……


 詩織は笑っていた。もちろん満面の笑顔ではないが、微笑んでいたんだ。