「…………」


 野田も俺も、言葉が出なかった。〝えっ?”の一言さえも。


「私はずっと、課長を探していました。でも、本当に会えるとは思ってなくて、夢かと思いました」

「ちょ、ちょっと待って。あなたと速水君って前から知り合いだったの? 幼馴染とか?」


 ん? そうなのか? 俺が憶えてないだけとか? でもなあ、だったら高宮はそれを俺に言うはずだよな。


「…………違います」


 だよな。


「だったら、速水君を探してたじゃなく、速水君みたいな人を探してたって事よね? 速水君って、詩織ちゃんの理想の人ってわけ?」

「そうですね。そういう解釈で良いと思います」


 ん? なんか、おかしな言い方だな。


「そうなんだあ。驚きだわ。詩織ちゃんは、一瞬で速水君の良さに気付いたのね……」

「なに!?」


 野田のやつ、変な事を言ったぞ。俺の良さ? なんだ、それ。


「今のは忘れて! つい口が滑っただけだから」

「あ、ああ」


「私、課長……みたいな方を探して、ソフト会社を転々としたんです。そして、やっと11社目で課長にお会い出来ました。ううん、たった11社目の間違いですね。一生掛かっても無理だと思ってましたから。私はこの軌跡を、神様に……グス」

「ちょ、ちょっと詩織ちゃん。なにも泣く事は……」


 おいおい、また泣くのか、高宮?


「ごめんなさい。大丈夫です。もう泣かないって決めたのに、私ってダメだなあ……」


 な、何なんだ、この状況は。俺は、夢を見てるんだろうか……


「野田、ちょっといいか?」


 俺は椅子から降り、野田の腕をグイと引いた。


「な、何よ……」


 俺は野田を、高宮から少し離れた場所まで引っ張って行った。


「ベタだが、俺の頬っぺたを思いっきり摘まんでくれないか? これは夢だと思うから」

「いいわ。その代わり、私の頬も摘まんでくれる?」

「おお、わかった」


 俺と野田は、互いの頬に手をやり、指でキュッと摘まんだ。


「痛えー」

「痛いじゃないのよ!」


 どうやらこれは、夢じゃないらしい。