その後の俺は、ろくに仕事が手に付かなかった。高宮の事が気になって。野田からはまだ何の連絡もなく、こっちから電話を掛けようかと、何度思った事か……


 定時を過ぎ、課員もパートナーさんも全員帰宅し、俺もそろそろ上がろうと思った時、ようやく野田から電話が来た。


「遅いよ」


 俺は電話に出るなり文句を言った。


『待ってたの? ごめんね。まだ仕事中?』

「いや。終わって帰るところだ」

『そう? こっちもね、詩織ちゃんとバイバイしたところ』

「なに? ずっと高宮と一緒だったのか?」

『そうよ。詩織ちゃんね、あの後少ししたら急に元気になったのよ。だから二人でショッピングして、食事して少しだけどお酒も飲んで、いっぱい話しちゃった』

「そうか。それは良かった。で、どんな話をしたんだ?」

『え? 色々だよ。恋バナとかね』

「なにー!」


 野田の声が聞き取りにくい事もあり、俺はスマホを強く耳に押し当てた。


『なーんてね。詩織ちゃんってさ、正に純真無垢だね。彼氏は一度も出来た事がないんだって。だからもっぱら話すのは私で、詩織ちゃんは目を丸くして聞いてるだけだった。あの子って表情がとっても豊かで可愛いの。知ってた?』

「あ、ああ」


 そんな事、とっくに知ってるさ。


『配属部署を変えてもらおうかって言ったら……』


 野田、おまえ余計な事を……


『それは勘弁してほしいって。月曜からちゃんと行くし、もう泣いたりしないからって、言ってたよ。あんたには申し訳なかったって、すごく気にしてた。あんなやつ、気にする事ないよって言ってあげたけどね』

「おまえなあ…… でも、良かった」

『だね。心配いらないと思うよ』

「ああ、そうだな。野田、今日は本当にありがとう。助かったよ」

『いいって。じゃあね』

「おお。お疲れさま」


 野田との通話を終えると、俺は誰もいないのをいい事に、「よっしゃあ!」と叫んでガッツポーズをした。

 結局、高宮が泣いた訳は不明のままだが、まあいいか。