高宮に手を洗わせに行かせたわけだが、考えたら高宮にとっては少しでも歩く距離を縮めた方がいいだろうと思い、俺は女子トイレの前で高宮を待った。出入りする女子社員から、怪訝な目で見られるのは不本意だったが。

 高宮はトイレを出ると、俺を見てニコッと笑い「ありがとうございます」と言った。実は内心、高宮は頭の回転が少し鈍いんじゃないかと思ったのだが、それはないようだ。


「あの、お財布を向こうに……」

「それはいいから、行こう」

「はい!」

「おまえ、寿司は食えるか?」

「大好きです」

「そっか。じゃあ、寿司を食いに行こう。と言ってもランチだからな。あまり期待すんなよ?」

「はい!」


 俺達は会社を出て、近くの寿司屋へ入った。もちろん俺は、高宮に合わせてゆっくり歩いた。

 1.5とかいうランチを二人前頼み、お茶をすすりながらそれが来るのを待っていた。


「高宮」

「はい?」

「今朝……」


 俺は高宮に、今朝はなんで泣いたのかと聞こうとした。てっきり俺が怒鳴った事に怯えて泣いたと思ったのだが、その後の高宮を見てるとそうは思えなくなったからだ。では、なぜ泣いたのか。しかもあんなに激しく。

 どう考えても解らないので本人に聞こうと思ったのだが、やめた。あの件は、おそらく高宮にとっては恥ずかしい出来事だと思うからだ。

 俺はあの件を忘れる事にした。忘れる事にかけちゃ、俺は天才だからな。


「おに……」

「鬼?」


 こいつ今、鬼課長と言おうとしたな。そうか、犯人は野田だな。余計な事を教えやがって……


「すみません。課長?」

「なんでもない。お、寿司が来たぞ」


 タイミングよく寿司が来た。

 実際のところ、今朝の事を意識的に忘れるなんて出来っこない。都合よく、中学の記憶を綺麗に失くした俺だとしても……