俺も詩織も来たのは初めてだが、そこは正に閑静な住宅街といった佇まいの町だった。


「えっと、その家かな」


 不動産屋から受け取った地図と見比べながら、本当は家とはまだ呼べない、骨組みだけのそれを俺は指差した。


「素敵……」


 詩織はそれを見上げると、黒目がちの大きな目をキラキラと輝かせた。


「そうかあ? まだ骨組みだけなのに?」

「琢磨さんには見えませんか? このお家が出来上がって、ガレージにはあのかっこいい車が停められて、お庭には花が咲いてる光景が……」

「ん……ごめん。俺、想像力が乏しいんで」

「もう…… でも、私達のお家だと思うと、それだけで素敵です。夢みたいです」

「それはまあ、確かにそうだな」


 俺と詩織は、購入はしたが、まだ建築中の新居を見に来ている。ちなみにマイカーで。納車されたばかりの、ピカピカの新車だ。

 家の頭金とで貯金の殆どを使い果たしてしまったが、詩織との行動を考えると車は必要と思い、思い切って買ったのだ。セダンとワゴンの中間のタイプで、かなりスピードが出る車を……

 と言っても、実際には飛ばしたりはしないけどね。余力があった方がいざって時にいいし、スピードが出るという事は制動力にも優れていて、つまりはより安全な車って事なんだよ、うん。

 というような事を言って、値段の高さに目を丸くしていた詩織に、俺は説明したんだ。


 俺と詩織はこの春に結婚式を控えている。詩織は地味婚で十分と言ったのだが、ちゃんと教会で式を挙げ、小規模ながら披露宴を行う事にした。

 正直なところ、俺には何のこだわりもないのだが、詩織には純白のウェディングドレスを着させ、しっかりと想い出を作ってやりたいと思ったんだ。詩織の夢が、叶った瞬間の想い出を。


 日取りも会場も招待客も決まり、全て順調に進んでいるかに思えるが、一つだけ問題が残っていた。しかも、かなりの難関と思われる問題が……


「さてと、そろそろ行くか?」

「う、うん」


 詩織は頷きつつも顔を強張らせたが、それが冬の寒さのせいだけじゃない事に、俺は気付いていた。


 よく晴れてはいるが、北風が少し冷たく感じる、1月のとある休日の事だった。