「詩織ちゃんはアパート暮らしなのよね。彼氏とかいるのかなあ」

「おい、それは個人情報だろ?」

「あんただから言うのよ。口が堅いから。第一、履歴書の住所見れば想像つくでしょ?」

「それはそうだが……そろそろ帰るか?」


 腕時計に目をやると、結構な時刻になっていた。


「そうね。飲み干しちゃうから、待って?」


 野田はそう言い、グラスに3分の2ほども残っていた水割りを、ゴクゴクッとそれこそ飲み干した。

 野田は酒の飲みっぷりもいいが、女っぷりもいい。そこそこの美人でスタイルも良く、この歳まで独身で、彼氏も作った事がないのが不思議でならない。


 駅へ向かう途中、野田は「ねえ」と言いながら俺の腕を掴んだ。


「今夜、うち来る?」

「いや、悪いが帰る」

「じゃあ私がそっちに行こうか?」

「同じだろ?」


 俺も野田もアパートに一人暮らしだ。どっちのアパートへ行こうが、やる事は一緒だ。


「今夜は大人しく帰ろうぜ。明日も仕事なんだから……」

「ちぇー。私達、もう1年以上もしてないんだよ? やりたくないの?」

「ああ。枯れたんでな」

「嘘ばっかり!」


 もちろん、枯れたなんて嘘だ。野田は口にこそ出さないが、結婚願望があるのを俺は知っている。だから、これ以上深入りしないようにしているのだ。

 野田との結婚はもちろん考えていない。野田に限らず、誰ともだ。俺は女という生き物を信用しない。

 野田はいいやつだし、いい女だと思う。今は。しかし結婚するとなると、話は違う。5年先、10年先の彼女が今のままという保証はどこにもない。俺に愛想を尽かし、裏切る可能性は否定出来ない。あの女のように……


 俺は去りゆく野田の後ろ姿に向かい、心の中で“ごめんな”と言った。そして、野田にはいい男を見つけてほしいと、心から願った。俺なんかとは違う、優しい男を……