私は鞄の中の扇子袋からお扇子を取り出し、パタパタと扇ぐ。
ようやく電車が出るらしく、アナウンスが流れる。
発車のブザーが鳴り、慌てて数人が駆け込み乗車をしてきた。
その中の1人に、私の目は釘付けになった。

……男?……かな?

すらりと背の高いその人は、男性にしては華奢で、女性にしては骨っぽかった。

この暑いのに長袖の白いシャツから伸びた手の白いこと!細いこと!
そして何より私を混乱させたのは、髪。
艶やかな長い黒髪を、無造作に後ろで1つに束ねてる。

けっこうな距離を疾走してきたのだろうか……前屈みになり両膝に手をつき、肩を大きく上下させて荒い息をしていた。

次の駅に電車が滑り込む。
ドアが開くので、その人は慌てて顔を上げて移動した。

綺麗な顔。
……えーと……ほんとに男……なのだろうか。

いや、でも女性の丸みは感じない。
強いて言えば、歌劇の男役のような風貌。
髪は黒いけれど、すらりと細くて、背が高くて、足が長くて、色が透けるように白くて、目も鼻も唇も整った顔立ち。
私は、お扇子で扇ぐのも忘れて、ぽーっと見とれた。

しばらくして汗が噴き出してくるのを感じて、慌ててまた扇ぎはじめて……ふと、気づいた。
彼(?)は、あんなに息を弾ませていたのに、汗をかいていない。
顔を赤らめもせず、白いまま。
……じょ、女優みたい……。

窓に映った自分の姿を見ると、顔のみならず首も真っ赤。
頭から湯気が出てそう。
毛穴とという毛穴全てから汗が噴き出してそうなのに。
不公平だなあ。
ちょっと口惜しく感じながら私は彼を見ていた。

私はあまりにも見つめ過ぎたのだろうか。
不意に彼の目線が私を捉えた。

……というか正確には、私の扇いでいるお扇子を見ていた。
じーっと見てる。

暑いのかな?
貸してほしいわけじゃないよね?
よくわからないまま、どうすることもできず、私は少しゆっくりと扇ぎ続けた。

しばらくお扇子に注がれていた視線が上へ動く。
今度は本当に、目が合った。

慌ててお扇子で顔を隠す。
……真正面から見ると、その人は本当に綺麗で、私は恥ずかしくなってしまったのだ。

でも、しばし考えてから後悔した。
怪しいよね、隠すと、却って。
いかにも、ずっと意識して見てました!って感じで。

私は思い直して、そっとお扇子を下ろした。