「今日、悪かったな。てっきり、義人がクラスの女子とふざけてるんやと思った。ゆっくり見られんかったやろ。」

あ……ペコちゃんの時に怒られたこと?
「いや、あれはふざけてると思われるよ。ペコちゃんポコちゃんやもん。……あれ?でも、いつわかったん?クラスメートじゃないって。」

彩乃くんは、ちょっと逡巡してから、私の扇子を指差した。
「隣の教室で、それ、使ってたんを見て、気づいた。」

「あ!そっか!」
……夏休み、ちょうどこの電車の中で、私は同じようにパタパタしてた。

「もう10月やのに。暑がりなんや?」
彩乃くんがそう言ってから、目線を私に移してにやりと笑った。
いたずらっぽい表情をしはると、怪しさが増すというか……その流し目、反則だわ。
「いつも汗だくやな、そういや。」

うっ……と、私は詰まる。
たぶんまた赤くなっただろうけど、取り繕ってお扇子で煽ぎながら言った。

「これは特別ねん。一年中持ってる。」
「……へえ?」
「あ、そうそう。あのね、彩乃くんと同じ名前の女の子とお揃いねん。すごく綺麗でかわいい子でね~。……こんなん言うたら誤解されるかもやけど……たぶんあやのちゃんが私の初恋?」

彩乃くんは、目を見張った。
「……女の子やろ?」

私はお扇子を止めて眺めた。
「うん。でもすごく素敵やったから。幼稚園児の舞う『藤娘』の色香に魅せられて私、熱出したぐらい。」

私は思い出し笑いを無理やり押さえて、彩乃くんの目を見て言った。
「せやしね、彩乃くんの名前を今日聞いて、すごく親近感わいてん。」

……今度こそ本当に初恋やと思うねんけど、まさか同じ名前の男の人に惚れるなんて……運命的じゃない?

何でかな。
話し始めたら、全然緊張してへん気がする。
色んなことを話したくなってる。

てか、このままサクッと告白してもいいぐらい。


「縁(えん)があったみたいやな。」
彩乃くんがそう言ったとき、電車が桂駅に到着した。
特急車両の待ち合わせのため、しばらく扉の開いた状態で電車はホームに留まっている。
彩乃くんは電車を降りたけれど、そのまま会話を続けてくれた。

「袖触れ合うも何かの縁?」
私がそう聞くと、彩乃くんはうつむいて小さく笑った。
「もっと深い縁。」

どういう意味?
友達以上を期待していいのだろうか?

向かい側のホームに特急車両が滑り込んできた。
窓越しに、セルジュと目が合う。
セルジュは、彩乃くんがまだ電車のそばにいることに気づいたらしい。
右手の人差し指と中指を絡ませめて見せた。
グッドラック!って、応援してもらったのだろう。
私には天使の祝福のように感じられた。

特急車両が発車した。
私の乗っている準急も、出発準備を始めた。
慌ただしく発車ベルが鳴るなか、彩乃くんは顔を上げると私の目を捉えて言った。
「次、会う時まで、あきに、宿題。」

「え?なに?」

……あき!って、言った!?

「考えておいて。」

「なにを?」

彩乃くんの頬が少し赤くなった。
鼓動が、私にも伝わってくる。
電車のドアが閉まる直前に、彩乃くんはそれでもハッキリこう言った。

「俺のこと。」