彩乃くんは肩をすくめて言った。
「俺の実の父親、俺の母親じゃないヒトと婚約しててんけどな、それ、あきのお茶とお花の先生やねんて。因果な話やって、こないだ幹部のおっさんに当てこすられたわ。」

……え?
私の、師?
小さい時からお世話になってた、気のいい近所のおばちゃん、やで。
彼女が、彩乃くんの本当のお父さんと結婚するはずだった?
それは……彩乃くんにとってはたいしたことじゃなくても……私にとっては、なかなかの……ショックだよ…………。

……先生……どんな気持ちで……今まで私の愚痴や惚気を聞いてたんだろう……。


「暗くなってきたな。帰ろうか。」
彩乃くんが立ち上がって、私に手をさしのべた。
私は彩乃くんの手を取って立ち上がる。

「あき、寒い?」
彩乃くんに言われて、自分が少し震えていることに気づいた。

「ううん。……知恵熱でも出たかな。朝からショック続きで。」
私は彩乃くんの腕にしがみつくように両腕をからめた。

彩乃くんは私の言葉に一瞬困った顔をしたけど、くっつかれてご機嫌がなおったらしい。
「ごめんな。もう何もないしな。」
……どうだか。

「ほな、受験勉強に集中するの?副家元も1年間休業?夜に予備校でも行くん?」
私の問いに、彩乃くんは首を振った。
「ずっとじゃないけど予備校も行く。家元には土曜だけ行く。発表会は5月だけ出る。……ごめん、せっかくあきがお家元に入るってゆーてくれてるのに、タイミング悪いな。」

私はため息をついた。
「ほんまやわ。せやしもっと早く言うてくれたらいいのに。もうっ!お家元にもそう言うてあるから、今更、変更できひんわ。」

……これまでほぼ毎日会ってきたのに、これからは土曜だけ?……まあ、朝、電車で一緒になるか。

遊びにも行けない。
お泊まり会もなし。

「ふっふっふ。」
つい低いトーンの笑いが出てしまったけど……早く子供が欲しいって言われても、そういう行為に至る要素、皆無やん……少なくとも彩乃くんが合格するまで。
あ~……なんだかなあ、もう~~~。

いつも通り、家の前まで送ってくれた彩乃くんに、淋しく微笑む。
「そっか。こんな風に送ってくれるのも時間もったいないし、受験終わるまでお預けにせんとあかんね。」

彩乃くんは驚いた顔をして、口をへの字に結んだ。
その顔を見てるとつい虐めたくなってしまう。

「私は大丈夫。彩乃くんはお勉強に集中して、ね。ああ、送ってもらう以前に、受験勉強をそばで見てても気が散るだけやろうし、これからは放課後も日曜日も逢えへんねえ。朝の電車と土曜日だけ、か。」

私はそう言って、「悲しいけれども全てを心得てるから我慢してけなげに微笑むできた彼女」を演じた。