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「本日、10時入院一名。40歳、男性。原発は噴門部癌、全身転移、腹部播種性転移により・・・・・・」



ナースステーションで定時に行われるカンファレンス。
新しい入院患者についての申し送りをスタッフ全員で行っていた。




前病院から引き継がれた看護サマリーを開き、患者情報を頭に入れるために隅々まで目を通す。


ふと、手が止まる・・・・・・ 。

まとわりつく不安を振りきり、薬剤部と栄養課に新患送りを書いた。



患者さんを看取るたびに、
新しい患者さんをむかえるたびに、
少なからず違和感のようなものは持ち続けてきた。


・・・ 結局わたしは患者さんの死を、赤の他人の事だと思ってはいないか?


患者さんが亡くなって自宅へ帰られた後の脱け殻のような空きベッドを、すぐに次の患者さんを受け入れるための新しいシーツで整えることができる。

わたしは冷たい人間だ。自嘲気味に、窓の外を見た。

ぼやけた景色の向こう側に、キラキラ光る水平線があった。




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ドアを軽くノックして、病室に入った。


足音はたてない。微かな音さえ、ここでは命の消耗因子になり得るからだ。



「在原さん、こんにちは・・・」


努めて明るく、声をかけた。

そして、ベッドの上の、彼を見た。




見知った顔の面影に、息を飲んだ。

瞬間、彼のベッドに心配そうに寄り添う小柄な年配の女性の視線を感じ、すぐにナースの顔に武装した。


大丈夫、なにもわたしからは漏れてない。

自分に言い聞かせて、ベッドに向き直った。


「在原さん、看護師の宮本と申します。」


微かに頷くの確認し、血圧計を手に取った。

「入院してきたばかりでお疲れでしょうけど、少し血圧と脈拍を測らせてくださいね」



彼の、冷たい手に触れた。

いつか、わたしに触れた大きな掌は、関節が浮き出て固くなっている。
死に向かっているなかで脈打つ拍動は弱々しい。


感傷に浸るな。
流されるな。
心を乱されるな。
轢きずられるな。


マンシェットを外し、聴診器をワゴンに置いてから、彼と隣の女性に向き合う。

にっこりと笑って見せる。

まだ、大丈夫です・・・ そう伝えるのは言葉だけではない。


彼は少し頷き、彼女は彼の毛布をかけ直した。